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2007年6月

2007年6月28日 (木)

【流行】ヒット商品番付から見える流行事情

 昨日に引き続き流行について考えてみたい。

 さて、久しぶりの秋葉原探索を終えて大阪に帰ってきた私はしばしかつての面影のなくなった秋葉原のことから、『最近、流行を生み出す力、流行創造力』のなくなった日本について想いにふけった。

 そんな折りも折り、新聞を見ると毎年発表される、ヒット商品番付を見つけた。いつもなら、一通り見てフーンというぐらいしか見ないのだが、今回は問題意識が違う。それこそ穴があくほど分析してみた。

 おそらく普通の私ならおそらく何も感じなかったであろう。どれも世間的に騒がれたなぁ、という感じだからだ。

 しかし、この日の私は違った。私の仮説『流行創造力のなくなった日本』を裏付ける有力な情報を手にしたと思ったからだった。

 どうしてそう感じたのか?答えは秋葉原で感じた思いを改めて強く感じたからだ。もう少し細かく番付を見てみることにしよう。

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《2007年上期ヒット商品番付(日経MJヒット商品番付)》

【横綱】
○都心ランドマーク(東京、大阪、名古屋で開業)
○電子マネー
【大関】
○任天堂Wii
○メガマック
【関脇】
○宮崎
○ワンセグ携帯
【小結】
○レッドソックス
○ハイビジョンビデオカメラ「HDR-UX7」(ソニー)
以下は省略

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 これから過激な辛口批評を書かせていただこう。ただし、私は流行自体専門で研究しているわけではない。あくまで自分自身の仕事や日常生活を通じた率直な気持ちを表した評価であることをお断りしておきたいと思う。(さもないと『どういう根拠でそう主張するのか?』と問われかねないから。)


 まず横綱の都心ランドマークからだ。確かに話題にはなった。私も行ってみたが、高いビルが建ってよかったねという以外の何かは感じなかった。

 中は森ビルが開発したもののコピー。相変わらずの高級ブランドと馬鹿高い値段の高級料理店。確かにテレビで話題にはなったが、たいした衝撃はなかった。

 電子マネーだって目新しさは正直ない。SuicaかICOCAは普通に使っているし、ICカードを使ったタイプ、おサイフケータイも使ってみた。はっきり言って何が新しいのか何が変わったのか全然伝わってこない。

 Edyなんてセキュリティーの甘さで二度と使いたくないと思っている。クレジットカードも何枚もあるし、これ以上必要なものか大いに疑問!!

 大関の任天堂Wiiは確かにアイデアも技術的にも面白いが一つ大きな難点がある。これを使わないと他では絶対経験できないという、まったく新しいゲームソフトがないのだ。カーチェイスや釣りならゲームセンターの機械の方が面白いと思う。

 メガマックにいたってはビックマック2個積み重ねたのと何が違うんだろうか?値段が割安なのはわかるけどそれだけでしょ。もともとビックマックが儲けすぎの価格設定に問題があると思うんだけど。

 関脇の宮崎にいたってはタレント知事が出て話題になったというだけで、世間の何が変わったの?毎日のように地鶏を食べるようになったか?かつてのように新婚旅行客がハネムーンの定番にするようになったか?答えはNoだ。

 ワンセグ携帯は私も買って使っている。ほとんどビジネスユースで携帯を使ってきた私としてはきれいな画質で携帯テレビが見れて、着うたフルで高音質なのは驚きだったが、今までだって必要なら携帯用テレビもiPodもあったよな。何が新しいのだ?

 小結のレッドソックスなんて言語道断だ。歴史と伝統のある最も老舗の球団をつかまえて何がヒット商品なんだ。たかが松阪が入団して少々騒がれただけ。彼がサイ・ヤング賞でもとり、レッドソックスをワールドチャンピオンにでも導いた立役者とでもいうのならなら、話もわかるが、勝手にマスコミの、それもワイドショーが騒いだだけじゃないか!

 最後にハイビジョンビデオカメラだが、技術的には大昔からあったわけだ。家庭用で出してきたのが新しいが、はっきり言おう。ハイビジョンじゃないととれない映像がホームユースの世界にどれほどあるのだろうか?今のビデオの画質などはかつての業務用の比ではないくらいの高品質だが、これ以上何を求めるのだろうか?奥様の小じわの奥の奥までとれてしまうが、それでもいいのだろうか?

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 とまあ、開発者が聞けばカンカンにおこりだすような話ばかりしたが、すべて私の率直な感想だ。

 確かに上半期話題賞というならば、この番付もまだ納得もいく。でもその場合、横綱は間違いなく、社会保険庁であるが。。。。。。。。。

 それではなぜ私たちの心を打たないのだろうか?何が問題なのだろうか?

  番付全体を見て言えることだが、まずあっと驚く感動がない。インパクトがない。それに今までの延長線上のものばかりだ。

 全く新しい価値、すなわちそれを使わないと出来ないというものでもない。確かに目新しく話題にはなったが、だからといって、たまごっちや、泳げたい焼き君のときほど、大衆を熱狂させ狂わせるほどの熱もない。

 かつてのビートルズやジーンズ、携帯電話などの時のように、一時の流行を越えて社会に定着、浸透し、文化になりうるようなものは皆無ではないか?

 何かがおかしい。これが一時的な事象なのか、こんごも続くのか?明日はその深層にさらに迫ってみることにしよう。

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2007年6月27日 (水)

【流行】聖地『秋葉原』はどこに行った!

 私は経営コンサルタントという仕事がら話題のスポットや商品、流行には割りに敏感な方である。

 普通の仕事なら他所から材料なり商品を仕入れするのが普通だが、我々の仕事の場合、身一つ、頭一つで仕事をするので、仕入れは原則発生しない。

 しかし、新しい知識なり体験なり話題なりを常に『仕入れ』ていないと、すぐに時流に取り残され、クライアントからも飽きられるので、何歳になろうと新しい『流行』には食らいついていく必要がある。

 それが。。。。。。。。。表向きの建前である。
というか、私の場合は、好奇心が服を来て歩いているような男だ。だからはっきり言って新らしもん好きと言った方がいい。(妻にははっきりと断言される)。

 とりわけ新しい技術には目がない。まず自分で買って遊んでみないと納得出来ないタイプである。新しいおもちゃに夢中になる子供と同じだ。

 だからテレビで新しいビルが出来たとか新しい名所が出来たりすると、真っ先に行くほうだ。そんなこんなで、割りに時流の変化や流行、新しいものには反応する方だと自負している。

 そういう私が最近、つくづく感じることがある。それは、日本人の『流行創造力が落ちてしまった!?』のではないか、ということだ。

 先日、秋葉原に久しぶりに立ち寄った。まるまる半日時間が空いたのでじっくりと観察してまわった。

 いつもは大阪の日本橋の電気店街を時流の変化を読むため、よくふらつくのだが、今回は仕事のついでで本場の秋葉原に立ち寄れたので新鮮でもあった。

 最近の秋葉原は、新しく都市開発され、つくばエキスプレスが出来、町の雰囲気はがらりと変わった。しかし昔ながらのちょっと変わったオタクの若いニイチャンちゃんたちの独特の雰囲気は変わらない。。。と書きたいところだが、正直言ってどこか違う感じがした。

 大学時代は時々訪れては理科系のエンジニアの匂いの充満する街並みを楽しんだものだ。ここは物識りの集まりで電気やマイコン、通信関係の技術雑誌は隅から隅まで全部読んで知っているような人たちばかりの感じだった。

 しかもすごかったのは、こちらが質問すると、『それはこうしたらいいよ。』と合法なことから、内緒で違法なことまで詳しく教えてくれた。

 さらに、商品情報も裏の裏まで知っている感じで、さらに特殊な部品などここでしか手に入らないものも多い。いやここなら何でも手に入る感じだ。

 私が最も秋葉原が好きなのは(中には堅物の変人みたいなのもいるが)概して店員が、スペシャリストでよく知っていること。特にメーカーの人間も知らない裏情報や、商品を使った人間しか知らない口コミ情報が満載。

 メーカーの手先になって商品を売り付けるのでなく、消費者の強い見方になってくれる。(ただし一部アングラの悪質なものもいるにはいるが。)

 また彼らが親身になってくれることくれること。それも商売を超越して、友達のように接してくれるのだ。私などは店員と話ながら商品情報などよく勉強させてもらっている。

 さらに凄いのは、どこに何を売っているか、地域の情報を熟知していて地図をくれて詳しく紹介してくれたり、場合によってはその店まで連れていってくれる。しかも行った先は商売敵だったりすることもざらだった。

 秋葉原は値段が安いというイメージがあるが、単に値段が安いだけではない。そこに引き付ける熱気や吸引力があるのだ。

 しかし残念なことにこの世界でも稀有な電気の町はなにかすっかり変わってしまった気がする。

 まず第一に、ここ十四、五年の特徴としてかつてのアマチュア無線やマイコン小僧一辺倒から、『オタク』の町に変わってきている。

 一番目につくのが、やはり(専門的な呼び名は知らないが)美少女もののエロゲーム、フィギュアなどロリコン系の店、あとはアダルトビデオを中心としたコンテンツ系の店。それとメイド喫茶などロリコン系を含み飲食店も若干増えているようだ。

 大通りに面した店はさすがに昔ながらの大手量販店が頑張っているが、少し裏道に入ると昔とはさまがわりだ。専門分野を持っている昔ながらの店も残っているが、アルバイトの店員が増えて職人的な人がめっきり減った。

 それにかつてのように会話を楽しむ余裕も少なくなった。というかネットが発展したからだろう、お客の方がよく知っているのだ。それに同じ趣味の集まりなら秋葉原に来なくても、2チャンネルの方が手軽だ。
 さらに目玉になる商品、わくわくどきどきさせる魅力ある商品もなくなった感じだ。

さらに豊富な品揃えにしても、在庫があればその場で手に入るメリットはあるが、大半は通販やネットオークションの方が幅広い。
 すっかり色褪せた秋葉原の姿に、ひょっとしたら、いまはやりのロリコン系の店の方にかつての熱気や活力が残っているかと思って、メイド喫茶の有名な店に何軒か入ってみた。

正直言って興ざめした。テレビで見るのと変わらないし、何がいいのかさっぱりわからない。二度と行きたくはないところだ。

どうしたんだ!かつて流行を生み出し、熱気と狂気に満ち溢れた、聖地秋葉原はどこへいったのか?

半ばかつての青春の思い出が色褪せてしまったような感覚で東京から帰ってきて数日、秋葉原だけでなく、今の日本全体に『流行創造力がなくなったのでは!?』と感じるようになってきた。

今日からしばらくこの『流行』について考えてみたいと思う。


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2007年6月26日 (火)

【雑感】ブログ執筆のここが難しい!

さてブログを始めて丁度1ヶ月。最初は生まれて初めてということで、色々戸惑っていた。しかしそろそろ、なんとなく『こういうものか』という感触は掴めてきた気はする。

初めは正直思いっきりなめていた。たかが短い文章ぐらい、どうってことないと。確かにこれが週に一度というならば簡単だが毎日となるときついのだ。

まずは製作工程の順番を追ってそのポイントをお話しよう。

★ブログ製作工程★
【Step 1】テーマ探し
【Step 2】コンセプト作り
【Step 3】調査
【Step 4】見出し作り
【Step 5】構想
【Step 6】写真等準備
【Step 7】文章執筆
【Step 8】誤字脱字修正
【Step 9】送信
【Step10】ジャンル分け
【Step11】出来上がりチェック・修正
【Step12】読者意見を聞く
【Step13】反省と対策


ざっと荒く工程を整理すると上記のようになる。大きな流れは普通の文章を書くのと変わりはない。

最初一番やっかいなのは、ネタ探しだと思っていた。毎日となると書くネタがすぐになくなってしまうのでは、とおもった。しかし、案外これはうまくクリアできた。テーマ自体は意外に色々浮かぶのだ。

年金の問題が話題になったら、『年金問題』。早稲田の斎藤佑樹選手が活躍すれば『ハンカチ王子活躍』とすぐにテーマはメモすることにしている。

なるべく旬のテーマか、私自身の実体験にもとづいたものを選ぶようにしている。しかし、問題は書くテーマはいくらでも浮かぶのだが、何をどういう切り口で書くのかという文章のコンセプトが難しい。

『年金問題はけしからん。斎藤佑樹は頑張っている。』ならばマスコミのコピーだからつまらない。

 かといって自分自身の体験談だからといってなんでもいいわけではないだろう。下のような文章が私のこのブログででてきたらどうだろう??

 『今京橋に来てます。田中さんが今度結婚するんだって。私焦っちゃうよ。どこかいい人いないかな。』とか、『今話題の◯◯ってお店でシェフお薦めのトマトとあさりのパスタ食べてるんだけど、ちょーうまい。皆も一度来たら!』

なんていうのは最低中の最低。読んでいてヘドが出てくる。

体験談なら普通なかなかできないこととか、普通と異なる衝撃があるなど、読者に読んでもらうに値する何か、サムシング・エルスが必要だがこれがなかなか閃かないのだ。

特に短い文章で表現するとなるとあれもこれも主張することは混乱を招くので、コンセプトはなるべくシンプルな方がいい。主張が一貫していないと成り立たないところが命綱だ。

そのコンセプトがすっと浮かぶときは非常にすっきりする。問題は浮かばないときだ。正直一番頭を悩ませる。

 しかも、一、二本貯金として書き貯めてあるときはいい。一番きついのは、貯金はなく、かつ仕事がたてこんでゆっくりブログを書く時間がなくなり、そろそろ締め切りの夜中の12時が迫ったときだ!

とにかくその日のうちに送信し送り込まなければならない、そういうときだ!発狂寸前になるのは。

『もーーー、なんとかしてくれーーーー!!』

って、お手上げ状態の時に案外いいアイデアがひらめいたりする。なんとも不思議だ。

もう一つ大変なのが『【Step 3】調査』である。文章の中で使う例え話やエピソード、故事などをネットを使って事前に調査するわけだ。

調査自体は苦痛ではないが、問題は時間がかかりすぎる点だろう。私の仕事柄、ウソを伝えるわけにはいかないので話の裏をとることも必要だし、それなりに情報価値の高いものとなると大変なのだ。

 場合によってはブログのことは忘れてしまって調査自体にはまったりもする。好奇心につられて本来の主旨を見失う典型だ。

私の場合、文章を書き始めたら早い。特に短い文章なのでリズムを大切にしている。勢いも大切だ。

とまあ、こうして書き上げ、システムに送信するとほっとする。『ああ、今日も間に合った』と。

 最後の仕上げは読者の反応をチェックし次に生かすこと。これには妻に絶大なる協力をもらっている。

毎日ブログの感想を聞いて次に生かすのだ。ただ彼女の場合、裏側も知っているので怖い。

 締切ぎりぎりまで、かっかして書いてることも、日々の仕事が立て込み何日も出張にいった先で時間を削って書いていることも、風邪をひいて鼻水をたらしながら、布団の中で書いていることも総て彼女にはお見通しである。

それだけに手抜きをしたとも思われたくないし、毎日の反応なので私にとっては貴重な意見だ。

どうしたら相手に伝わるのか、何が相手に受け入れられるのか、どういう話題がインパクトがあるか、とにかく毎日彼女からのフィードバックは、下手な地獄の特訓より効果がある。

まあ、これまでのブログの大変な点をお話してきた。何か自分で日刊の雑誌を始めた感じと同じ感覚だ。
とにかく続けられるだけ自分なりのこのスタイルをこのままつづけてみようと思う。


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2007年6月25日 (月)

【雑感】ブログを書くこと、書き続けること

 今日でこのブログを始めて丁度1ヶ月になる。今の率直な感想をいうと、大変なことをやり始めたなと言う感じだ。

 私がこのブログを始めた、そもそものきっかけは、この改革支援サイトのリューアルだった。それと私の友人に日記を書くことを勧められたからだった。

友人曰く『もっと素の自分をさらけ出して生きた方が自然体で生きられますよ。それには日記を書くのがいい。とにかくなんでもいいから書き続けることが肝心ですよ。』と。

まあ、その時はそんなものかなぐらいにしか思っていなかったが、改革支援サイトのリューアルにブログを書くことになって、これは一石二鳥だなと安易に考えていた。

それまで私は本を執筆したり、雑誌の原稿を書いたりと仕事の上で、テーマが決まった、お固い感じの文章を書くことは多かった。

 しかし日記や気ままなエッセイなどはあまり書いたことはなかったし、読むことも少なかった。いや、嫌いだったと言った方がいい。

忙しい時間を使って、他人の書いた日記や戯れ言を読むことのどこに意味があるのか分からない。また書きたければ自分一人で書けばいいのであって、そうした私的なことを他人に公開するなどと言うのは実に、はしたないことだと思っていた。

だから自分でブログを始める以上、ヨソサマにお読みいただいて価値のあるもの、また自分自身が読みたいと思うクオリティーの高いものを書くことが最低限読者に対する礼儀であり、誠意だと思っていた。

このブログを読んで新しい知識や視点、着眼点が見つかったり、感動したりとそこに何かないと書く価値も読む価値もないと思うからだ。

しかも改革支援サイトを運営する、プロの経営コンサルタントとしての立場もある。くだらぬ雑文など自分の商品価値を下げ顧客からの期待を裏切ることになるので書けない、そう思っていたし、今でもそう思う。

ただ毎日続けるということと、一定のクオリティーの文章を書き続けることは、はっきり言って矛盾することだと改めて分かった。

とにかく友人からの進言に従い、最低でも1ヶ月は続けようと思ってやってきたが、毎日続けることと、一定の品質を保った文章を出し続けることははっきり言って、仕事として、それに専念でもしない限り難しいことを痛感した。

そこで改めて思うことがある。私の松下政経塾時代の恩師で上甲晃というかたがいる。当時塾頭として、第一線で体を張った指導をされていて大変お世話になった。

彼が『上甲晃のデイリーメッセージ』というものを毎日発信しておられたのだ。今から二十年も前から毎日ネット上で発信しておられ今でも続けておられる。

 もともと我々が始めた政経ネットという塾内のネットの普及のために、毎日新しい情報が載っていた方がいいだろうと一役かってもらったわけだ。

文章の量はだいたいA4で一頁前後だ。内容はその日の出来事や感じたことと身近な内容ではあったが、読みごたえはあった。勿論塾頭が書く文章としてふさわしいものだった。

あの時の上甲さんのイメージがあるせいか、やはり私の中で、中途半端なものは書けないと言う気負いは正直強い。改めて続けることの偉大さに脱帽する。

まあ、私もせっかく始めた以上、暫く続けられる限りはこのまま続けようとは思うが、限界だと思えば途中、1ヶ月、2ヶ月間平気で中断するかもしれない。

なにしろ、読者に対する自分なりの誠意とは、自分が読みたいと思うクオリティーの高い文章を出すことだと思うからだ。

ただし、上甲さんのようにそれが毎日毎日続けられればいいにこしたことはない。しかしそれにはもっと忍耐力と文章力、そして体力を今以上に鍛える必要がありそうだ。

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2007年6月22日 (金)

【モバイル】私の携帯サイトベスト10

 さて前回のモバイル人間の特集では、携帯でのGoogleの検索をきっかけにして、モバイルの活用が進んだ話をした。

 今回はさらに話を進めて、その後私が使って大変便利で手放せなくなった携帯サイトの内容をご紹介したいと思う。

 題して『携帯活用サイト私のBest 10』だ。まずはベストテンのご紹介からだ。

第1位
    ★日本経済新聞
第2位
  ★三省堂辞書
第3位
  ★帝国データバンク
第4位
  ★iタウンページ
第5位
  ★駅すぱーと
第6位
  ★大阪市立図書館
第7位
  ★知恵蔵&朝日新聞DB
第8位
  ★アスキーデジタル用語辞典
第9位
  ★MapFan(地図)
第10位
  ★紀伊國屋

Photo_1 ※これらのサイトへは下記の『改革支援サイト(携帯版―私のブックマークコーナー)』から簡単にアクセスできます。(左のバーコードをお使いください)

http://newport.jp/i/

  

以下順番に解説を加えていくことにしよう。まず最初にどういう基準で順位をつけたかである。

 まず第一に利用頻度、次に今まで不可能なことが可能になった点、最後に情報の有用性だ。

 この10個を見てお気づきだろうが大変有名でオーソドックスなものばかりが並んでいる。私も上の基準で自分でランク付けをしていて結果に驚いている。

 しかし、理屈は簡単だ。今まで重くて持ち運び出来なくて使っていなかったり、調べる、大抵は五十音順で細かい文字が並ぶページをくりながら、目標の対象を探す苦労をしていた本ばかりだ。

 それがどうだ。モバイルならばいつでもどこでも瞬時に調べられる。だから面倒くさいということがない。結果としてこれは人生を変えてしまうほど大きなインパクトがある。

 それでは次にそれぞれのサイトの詳しい内容と評価をしてみたい。第1位の日本経済新聞のサイトである。これは、元データは新聞だがメールマガジンが大変充実している。日経の関係する新聞も含めて、テーマ毎にメルマガが送られる。また金額も安く新聞を読むよりも密度が濃いのでお気に入りだ。メルマガで最新情報をチェックし、必要ならば本文を読める。新聞の読み方が変わる。

 次に第2位の三省堂辞書だ。国語辞典だけてなく和英、英和、漢和、故事成語など沢山の辞書がいっきに調べられる。これだけの辞書を持ち歩くことは不可能だし、普通は調べる時間がかかる。しかしモバイルだと瞬時に調べられるので、しらないことを調べる頻度が異常に増えた。いかに自分が物事を知らないか最近痛感する。

 3位の帝国データバンクおよび東京商工リサーチ(TSR)は仕事上、企業情報を調べるのに重宝している。特にメルマガで送られる倒産情報は倒産する企業のドラマが研究できる。また上場していない企業の情報でも詳細までとれるのはありがたい。話している相手の目の前で検索して『ところで専務の吉田さんだけどね。。。』などと会話すると相手は、どうしてしっているのだろう?とびっくりしてしまう。

 第4位のiタウンページは、いわずと知れたNTTの電話帳のネット版だ。冊子の電話帳などほとんど使ったことなどなかったが、このネット版は使い倒している。以前も仕事で大阪市内のマクドナルド全店のリストを作る時は大活躍だった。まず各地域から屋号にマクドナルドが入っている名称を検索。そうすれば住所、電話番号、業種他の情報が出てくる。これが瞬時に出来るから奇跡的だ。ファンタスティック!

 第5位の駅すぱーとと、第9位のMapFan(地図)、第10位の全日空(ANA)は出張の多い私には手放せないアイテムだ。出発点から目的地までの経路の検索はもとより、最適な乗り継ぎ便の検索。飛行機の予約、ホテル予約、先方の地図と初めての場所への出張がこれほど楽になるとは携帯様様だ。何より出先で予定が変更になったときなどは最高に使い勝手がいい。ホテルなどはネット予約だと通常の価格の20〜30%引きのところまである。もうやめられません。

 第6位の大阪市立図書館と紀伊国屋書店、第7位
の知恵蔵&朝日新聞DB、
イミダス、日経情報サーチおよび第8位のアスキーデジタル用語辞典は、私の今までのリサーチのやり方から、記憶の方法、頭の使い方まで情報処理のすべてを変えてしまったといっていい。

 それまでの私のやり方は割りに大型の本屋をよく使っていた。調査テーマが決まればまずは本屋へ直行し関連する本を、かたっぱしから熟読し、その分野の専門知識を身に付けてから、さらに深堀すると言うやり方だ。また情報の記憶は、簡単なメモは別にして、大半は自分の頭の中に叩き込み、あとは本を読むときに赤線を引くので、忘れたときは実際の本を紐解くというやり方だった。

 それが一変したのだ。まず図書館の活用だ。データベースで短時間にかなりの部分まで絞りこむことができるので無駄な本を買う必要がなくなった。それよりもデータベースが簡単に使えるので調べたいときに調べたいものがすぐにわかる。また調べた情報はその場で保存できるので、その量も爆発的に増えた。

 昔なら調べたいと思っても手間やお金がかかるのなら面倒くさくなって調べていなかったものを総て調べるようになった。

さらに電子データで記憶できるので一々必死になって個片の情報を覚える苦痛から解放された。忘れたら忘れたで瞬時に調べられるので、安心して忘れられる。

中でも力強い助っ人が上記のデータベースたちだ。知恵蔵やイミダスでは最新の専門知識を。朝日新聞や日経新聞の記事のデータベースもすごい。いままで図書館の縮刷版と格闘技のように取り組んだ調査時間があっという間だ。ITなどの自分の専門分野の知識もおちゃのこさいさい。

ちょうど百科辞典を何百冊と背中に背負って歩いているのと同じぐらいに心強い。知恵の宝箱といったかんじだ。

 明らかにモバイルによって頭の使い方が変わった。もはやこれらを手放すことは不可能だということと、同時に生き方そのものも根本から変わるだろう。

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2007年6月21日 (木)

【政治】ダサイ格好すんな!政治家

今日はおしかりを承知で少し怒りの発言をしたい。本当にムカムカ来る。

何を怒っているかって?政治家の服装だよ!服装!

国会の会期が延長するとか、重要法案の採決があるからとか、とにかく最近国会の模様がテレビによく映る。まあ、それは問題ないのだが問題は彼らの服装だ。

クールビズでノーネクタイのラフな服装にするのはいい。しかし、なんだ!あの見苦しいダラシナイ格好は。

カッターシャツにブレザーか背広の上着をはおっているが、なにしろ腹が出て、肩をいからせ、いかつい格好だから見苦しいのなんの。あれなら和服のほうが似合うだろうな、きっと。(そんなことはどうでもいいことだが。)

 さらに年金問題で政治だけでなく、行政だろうと役人だろうと『お上』と言うものに対する信頼が完全に失墜しているからなおさらだ。冗談抜きで、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、そのものだ。

 さらに重要法案とは名ばかりで、党利党略、私利私欲。本当に、彼らにとってお客さまである国民を向いて仕事いるのか大いに疑問。

 それ以前の問題として大多数の国民は『あの人たちなにやってんの?よく解んない。』という状態じゃないか?

 与党は数の暴力で十分な審議もせず、強行採決のオンパレード。野党も情けない話で自分達の力不足は棚にあげて、ただ壇上に駆け上がり、議長をはがいじめにし、マイクをつかんで叫ぶだけという情けない始末。

 百歩ゆずって、仮に服装がネクタイをした正装ならまだ分かるが、ネクタイも付けずミスボラしいおっさんが、あの格好では『ヤクザの抗争』にしか見えない。

 子供にあれ何?と聞かれたらなんと答えるのだろう?

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 と、まあこんな話をしていたら、【ヤクザ業界】に詳しい知り合いにキツク忠告された。

 『宇佐美さん、そりゃヤクザに失礼だ。ヤクザ映画見てくださいよ。ヤクザの服装は男気の現れなんだ。仁義も礼儀も服装を通じて表現される。だから人一倍気も使う。そんじょそこいらの政治家野郎と一緒にしたら、宇佐美さん殺されますよ。』

 私も人の子。命が惜しいからめったなことは言えないな。発言は慎重に。くわばらくわばら(笑)。

 しかし、彼のこの言葉は大変深い意味がある。つまり服装はそれによって仁義や礼儀、男気を現わす、人格の延長だということ。

 単に流行だからクールビズにするというのは、信念も中身もなにもない典型だろう。だから暴力団のケンカ以下にしか見られないわけだ。

政治家の皆さん。
『服装は人格の一部』です。皆さんに正義のヒーローなどとは期待していません。少なくとも外見も中身も、子供に何やっているか説明がつくレベルまではいってほしい。

 最後にお願いですから、真面目に努力している国民の足だけは引っ張らないでください。

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2007年6月18日 (月)

【時事】ハンカチ王子の不敗神話

まずは斎藤佑樹君、大学日本一おめでとう。早稲田の野球部の後輩諸君、本当によくやった。がんばったな!早稲田の卒業生として誇りに思う。

 斎藤佑樹選手が残した偉業やまた早稲田全体におよぼした影響は計り知れないものがあると強く思う。

 彼は高校野球の地方予選から28試合も不敗を続けている。もはや単なる上辺の人気や勢いだけでなく、恐ろしい強運も持っていることが明らかになったわけだ。

 しかしマスコミや世間がチヤホヤすればするほど、一先輩とすれば異なる感情が芽生えてくる。

 彼はこのまま持って生まれた非凡な才能を磨き、真に時代を創る人間として大成してくれるだろうか?このまま世間に振り回されて終わってしまわないだろうか?本当に自分の息子のように心配になってくるのである。

勿論、お節介でありこちらの勝手な思い込みなのは十分承知だ。要らぬお世話にちがいない。彼のお陰で早大OBとして良い思いもさせてもらった。

 しかし、ここまで勝ち続けるのは奇跡などというものを超越して神がかり以外のなにものでもない。彼自身もインタビューに答えて『自分は特別な何かをもっていることがわかった。』と自覚しはじめている。

 勝負の世界では勝ちと負けはつきものだ。しかも歴史に名を残し長く活躍してきた大物選手ほど失敗や敗北にぶつかる。

 そして悔しさを乗り越え、自分を見つめ直し、課題を発見し、ある時はそれを修正したり。あるいは昨日までの自分とは全く違う新しい自分に生まれ変わりながら進化をしていくものだ。

ちょうど、それは樹齢何千年もの大木が数々の風雪に耐え、数えられないほどの年輪をたくわえているようなものだ。

 それを考えると斎藤くんは勝ちすぎである。早く大きな壁にぶつかって、もがきながら、それを乗り越え真の大物になってほしいのだ。お節介な一先輩の気持ちとしては。

 勝ち続けることは、反面恐い。その人から謙虚さや素直ざ真面目さを奪い去ってしまうからだ。そして、一番いけないのは自分自身を神か何かと勘違いしはじめる。信長もナポレオンもそうだった。

 ミーハーなOBとしては、『斎藤君、勝て勝て、一生勝ち続けろ』と思う反面、彼の将来を真剣に思えば、そろそれ負けないとまずいなと、矛盾した思いになる。

 いまは、うちの子に限ってではないが、斎藤君に限って自分を見失なうなどということはないはずだと、信じるだけだ。

 親馬鹿の心境かもしれない。

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2007年6月14日 (木)

【経営】今、経営者に必要な記憶力とは?

 経営者、とくに創業経営者の方々の記憶力の凄さに舌をまくことがおおい。特に何十年も前の細かいことを実に鮮明に覚えておられる。

 この記憶力が大いに経営に力を発揮していることだろう。今日は経営者にとって大事なこの記憶力の話をしたい。

 思いおこせば、私も学生時代以来「ああ、もっと記憶力がよかったらなあ。」と何度思ったことだろう!? 定期試験や受験の時、特に理科や社会の科目になると、一夜漬けで必死に丸暗記したものだったが、当時は決して他人に自慢できる記憶力ではないと思っていた。

 しかし不思議なことに今の仕事を始めてから状況は一変した。

 クライアントから「宇佐美さん、すごい記憶力ですね。どこでその記憶力を磨いたのですか?どうやって記憶なさるのですか?」とよく方々で質問をされるようになったのだ。

 ご存知のように、人間の脳の力は一般に3%程度しか活用されていないといわれる。残りの97%は潜在的な可能性を秘めたままなのだ。つまり脳というのは人間のあらゆる能力の中で、もっとも未活用なものだといっていいだろう。

 ということは、私の場合、この仕事をし始めてこの「記憶力」という才能が開花したのだろうか?そう言われてみると確かにいくつか思い当たることはある。

 先日、日経新聞でTBS相談役の鴨下信一さんが、記憶力についてのエッセイを書かれていた。

 その中で記憶力には社会的記憶と自伝的記憶の二種類あると述べておられる。社会的記憶とは年号や地名、人名など、一般的に知識と呼ばれる記憶力のことだ。これに対して問題は自伝的記憶というものだ。

 作家であり脚本家の向田邦子さんは、自伝的記憶の達人だそうだ。自らの体験を通じ、観て聴いて感じたことについての記憶力が抜群だという。

 さらに覚えていることを繰り返し繰り返し口にだして唱えるそうだ。そのことで、記憶をいつでも思い出せるように再生可能な長期的記憶にするという。

 経営の現場でもこの自伝的記憶は大変重要だ。例えば様々なプロジェクトなどに自ら主体的にコミットし、他のメンバーの表情や発言、雰囲気の変化などをいかに注意深く感じ記憶する力。

 また、色々な発言を聴きそのポイントをビジュアルにまとめ、記憶全体を体験とともにイメージとして記憶する力。

 そして覚えたことを何度も自分の言葉で口に出したり、絵に書いたりして表現する力。

 あるいは、会社のメンバーとの対話を通じその人の顔、名前、趣味、出身地のみならず、その特徴や個性、印象やイメージ、さらに潜在的な可能性をまさに体感的に記憶する力。

 さらに交渉相手やライバルとの過去のやりとりをどういう場合、どういう時にどういう攻め口でくるのか、パターンそのものとして全体を記憶する力。

 などなど現代のビジネスシーンで最も求められる自伝的記憶力だ。

 よく大脳の右脳と左脳の違いについて語られることが多い。合理的な分析力や言語などを司る左脳に対して、直感力や空想、イメージ、芸術的創造を扱う右脳。

 これが記憶力の世界にも同じことが言えるのだ。左脳的記憶が社会的記憶力であり、右脳的記憶が自伝的記憶力にあたるのだろう。

 今日、インターネットがこれほど発展すると辞書や新聞検索をして得られる社会的記憶力のような情報はあまり意味を持たなくなった。必要ならばモバイルで瞬時に調べられるからだ。

 その一方で、この自伝的記憶力は現在の経営の中でその重みは益々ましている。

 こうした『自伝的記憶力』は、対象に対して主体的に集中し、断片の知識ではなく、イメージを体験とともに全体の固まりとして、相互の関連つけで覚えることで長く詳細まで記憶することが出来る。

 確かに私自身の経験を振り返っても、仕事上最も必要とされるのは、自伝的記憶力の方だった。

 創業経営者の方々の記憶力が優れているのも、まさに長年現場で苦労し、自らの体で感じ取った自伝的記憶だからに他ならない。

 インターネットなどの発展で経営者、リーダーに求められる記憶力も変わった。先生や教科書から習う知識ばかりの社会的記憶から、自伝的記憶力が必要とされる時代に大きくシフトしている。

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2007年6月13日 (水)

【モバイル】グーグルの検索が携帯で簡単に!

 私のモバイル人間としての次の進化はiモードの出現だった。1999年2月、当初私は新しく登場したiモードについても携帯メール同様、多少懐疑的だった。

というのも、公式サイトとして登録されたサービスしか使えないものと思い込んでいたのだ。

 NTTドコモの公式iモードのメニューを見てみたが、インターネットで使える情報と比べると範囲も限られ、しかも月額の使用料金がかかるものがほとんどだった。同じ情報でもインターネットなら無料であり、情報の質量ともに膨大なもので、敢えてiモードを使わなければならない理由はなかった。

 しかし、私のこうした不信感も単なる先入観であり、実はとんでもなく使い勝手のよいものだということが後から分かった。

 きっかけはインターネットの世界では最も一般的な検索エンジン、グーグルがiモードで使えることを知ったからだった。確かIT関係の仕事をしている友人と飲み屋でiモードの話題になったとき、目の前でグーグルの検索を携帯電話で見せてくれた。

Google_2    当時、グーグルはiモードの公式サイトではなかったので、まさか使えるとは思っていなかった。これは正直驚きだった。

 さらに言えば検索して出てきた結果、インターネットの普通のサイトが携帯電話から見られるのだ。ただし当時は携帯を意識して作られたサイトは少なかったので、大きな画像などは壊れて読めなかったが、テキスト文字だけは十分読めた。これは2度の驚きだった。

 「なんだ、iモードというのは基本的にインターネットと変わりはないゃじゃないか!!!!」そうなのだ。決して公式に登録されたサイトだけしか見られないわけではなかったのだ。

これについては、ウィキペディアでは以下のような説明がある。『iモードとは、NTTドコモに所属した松永真理、夏野剛、榎啓一などが生み出した、日本独自の携帯電話を利用したインターネットビジネスモデルである。
 1999年2月のサービス開始と同時にネットバンキング、待ち受け壁紙、着信メロディの配信などの有料サービスが多数立ち上げられた。(中略)
 ウェブの規格に、携帯電話業界の規格であるWAP/HDML/WMLを採用せず、一般的に普及しているHTTPとHTMLを採用したことにより、コンテンツの開発が容易になるとともに、正式なコンテンツプロバイダとして承認されていない企業や個人でも独自にコンテンツを開発・提供することが可能となり、iモードのヒットに大きく寄与した。』

 そうなのだ。この説明にもあるように正式な承認を得ていない、すなわち普通のインターネットのサイトが携帯電話から見られるということだ。

 今は当たり前であるが、このときは画期的なことだった。私はこのときからブックマークの一番上にグーグルを登録して、出先からことあるごとに検索して、色々と調べることが出来るようになった。

 確かに一般のサイトは画像が見られないものが多かったが、その点だけ我慢すれば、これは素晴らしい。

 この私にとって画期的な衝撃を受けた時から、iモードの公式サイトも徹底的に使ってみた。どんなサイトがあるのか?大抵は面倒な登録が必要で、月々の利用料金がかかるものが多かったが、とにかく自分の仕事に使えるサイトはどんなものがあるのか、「漁ってみた」のである。

 そうしたら使えるサイトがあるわあるわ。私はそのとき確信した、コレは使える!!

ノートパソコンのような重いものを持つことなく、通信回線を探す必要もなく、Windowsの立ち上げにタバコをすってじっと待たなくても、いつでもどこでも気軽に携帯で情報が取れる。しかも普通のインターネットのサイトにもアクセスできる。その後私ははまってしまった。どんどんとモバイル人間へと進化のスピードも加速していくのであった。

【グーグル(Google)の携帯サイト】左のQRコードを携帯で読み取ってお使いください。

http://mobile.google.jp      

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2007年6月12日 (火)

【モバイル】日本の女子高生が世界のモバイルを変えた!

 今日は特集『モバイル人間、進化の歴史』の第3回目のお話をしたい。今日のテーマは携帯のキーボートの配列と入力速度のお話だ。それも日本の女子高生が世界のモバイル事情を変えてしまったというのだ。

 『えっ、うそだろ!』

その時、実際わたしの目の前で考えられない衝撃を目撃したのは、99年の秋ごろだったように記憶している。
 昨日、少し趣味の話をさせていただいたわたしの父(当時65才)がなんと私に電子メールを生まれて初めて送ってきた。

 それまでキーボードアレルギーの典型だった父。一瞬自分の目を疑ったが、しかし後から振り替えると、それは世の中が大きく変わっている予兆だった。

 実は、この年99年あたりから圧倒的な価格破壊によって携帯電話が一気に社会に普及したのだ。これは端末の買い取り制度により、端末の値段を1円とかにさげても月々の利用料金によって儲かる仕組みができたのがきっかけだった。

 お陰で店頭にはただ同然で携帯電話が売られるようになり爆発的に売れた。

 町ではそれまでポケベルを使っていた女子高生たちが一斉に携帯電話を使いはじめた。電車やバスに乗ると、小さな携帯の画面をみながら、必死に片手で操作する姿が登場した。 今では当たり前になった光景だ。

 これには理由がある。当時携帯で電話すると通話料がベラボーに高かった。メールならただに近い。ポケベルの時も数字をタイプして会話しあっていた彼女達。遊び感覚があって、また料金が安い電子メールは、一気に世の中に広がり定着してしまった。

 当時私はそうした女子高校生たちが電車でメールする姿に嫌悪感をもっていた。やはり、まともなビジネスマンならパソコンでありキーボードだろう。あんな遊び、そのうち流行は廃るだろうと思っていたら、大きく私の予想を裏切ってくれた。その後はご承知のとおり、単なる女子高生の遊びか、一時の流行と思っていたものがいまや世の中の全てを支配してしまった。 

 この決め手は何か?案外盲点だが、携帯のキーボードの配列と入力速度に秘密があった。

 今はそれ以外に使うことの方が多いが、携帯電話はもともと電話機だ。だからダイヤル番号である0と1〜9までの10個の数字のボタンが中心である。

 日本語の場合、50音が基本。ということで、『あ・か・さ・た・な・は・ま・や・ら・わ』を順番にこの10個のボタンに植え付ければいいので極めて単純明確。

 だから、女子高生だろうとキーボードアレルギーのシニアだろうと、誰でも携帯メールは簡単に出来る。

 それでは英語のアルファベットの場合はどうだろう。彼らは大抵パソコンのキーボードになれている。こうした人間に携帯で英語の文章を打てというのは大変な時間のかかる作業だ。イライラと欲求不満もたまる。

 これはもともとQUERTY配列と呼ばれる、タイプライターのキーボード配列からパソコンのキーボードが来たことに由来する。

 19世紀半ばタイプライターを発明したChristopher Sholesは当初、アルファベット順に並べたキーを実験したところ、紙を打つ際に文字を支えるバー同士が接触して動かなくなるケースが多発した。そこで、使用頻度の高い文字をマシンの正反対に置いて接触が減るよう、現在のように文字が並べ替えられたと一般的に伝えられている。(異論を唱える人もいるそうだが。)

 QWERTY配列という名前も、左上にある6文字のキーから命名されたものでその配列に規則性はない。彼らは我々が算数で九九を覚えるのと同じで、子供のころからあの配列を丸暗記し体にたたき込む。下の写真を御覧頂きたい。

【モバイル】携帯キーボードが変えた!

 今アメリカで大変流行している携帯電話の写真だ。アルファベットが細かく配置されているのが不思議な光景だ。それだけ、携帯電話の配列は英語など欧州の言語には不向きだということがここからもみてとれるだろう。彼らは携帯の配列ではなく、やっぱりアルファベットの配列でなければだめなのだ。

 モバイル人間に進化するためには、後はキーボードの入力速度をいかに早くするかがポイントだ。

 これも簡単な論理だ。キーボードの入力は、打ちたい文字がどこにあるか探す時間と、キーを打つ時間が必要だ。日本語の場合、50音で大変探しやすいが英語は探すのが大変だ。

 日本の女子高生は携帯の配列しか知らない場合がほとんどだから、後は慣れの問題だけ。つまり、毎日大量に打っているうちに自然と早く打てるようになる。習うより慣れろである。

 この結果、日本の携帯が世界中のモバイル技術を変えてしまった。今、NTTドコモは、2006年1月時点で世界最大(登録者数45,687,117人)のモバイルユーザーをもつとしてギネスブックに登録された。

 つまり、日本の女子高生が世界を変えてしまったのだ。

 私もモバイル人間としての最初は携帯によるメールの活用からだった。いまではアルファベットのキーボードで打つのとほぼ変わらない速度で打てるようになった。人間変われば変わるものだと自分自身で痛感する。

 固定概念や先入観というものが、画期的な進歩を阻むものだと実感したのだった。

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2007年6月11日 (月)

【人生】シニアの理想の趣味とは?

 年金記録が宙に浮きお国への信頼は地に落ち、介護をあてにしていた業界最大手のコムスンがお年寄りを食い物にする不祥事。

 国や組織、企業にばかり頼るのではなく、自分のことは自分でやる、真の自己責任が益々求められるのだろう。特にシニアの生きがい、趣味などはなおさらだ。

今日は、シニアにとって理想の趣味について考えてみよう。まずは手始めに少し私の父の趣味について話したい。これがまたシニアの趣味としては大変素晴らしい、理想(?)の趣味の条件を満たしたものだと思うのだ。

 父は現在73歳。実家の名古屋に住んでいる。長年、建築の元請けの仕事をしていて、今も商売の看板はあげているが、実際は楽隠居に近い。体も健康で余生を送るには理想の状況だ。

 本来遊び人の血があるのか、若いときから趣味は多彩な人だった。当時は水上スキーやカクテル作りなどちょっと『ハイカラな』ものに凝っていたそうだ。

 しかしご多分にもれず結婚して子供ができ、仕事に追われるようになると、なかなか趣味に興じる時間はなくなった。

 ここ20年ほどは多少余裕が出てきたのか、暇をみて好きなテレビ番組をVHSのテープに録画したり、家庭用ビデオカメラで色々とってコレクションしている。熱狂するというほどではないが、いい暇つぶしにはなるという程度だった。

 しかし先日私が実家に帰ったとき、父が新しい趣味に『ハマっている』姿を目にした。その趣味というのが金魚の飼育だ。

【人生】シニアの理想の趣味とは?

 金魚といっても、一匹何千円、何万円もするものではない。もとは縁日の金魚すくいで取ってきたものだ。それが毎年毎年、どんどん繁殖を繰り返し、今では五代目まで展開させている。

【人生】シニアの理想の趣味とは?

 孫(私の弟の娘、姪)が飼っていたものを中国に引っ越すというので引き継いだのが、そもそものきっかけだった。孫から預かった以上、死なすわけにはいかず、気合いが入り、使命感がでたそうだ。。

 私も実際飼っているところをみて驚いたが、昔の子供部屋を一部屋まるまる金魚の飼育部屋にしてしまっていた。

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 たかがお祭りで取ってきた金魚を飼うのに水槽一つで十分じゃないかと思うだろう?それがあにはからんや。部屋中に、大きさの違う金魚を区分けして、5つも6つも水槽を並べている。親、子、孫と代が違うと自ずと大きさが違うのでそれで水槽を分けているのだ。

 それだけではない。水槽に入れる藻まで自家栽培している。これも大きな漬物おけのようなプラスティックの樽を部屋の外のベランダに3つ4つ置き、たっぷりと水を張り、そこにたくさんの藻(まるい球根のような玉状の株がついている本格派)を浮かべて育成しているのである。これも元の株は親戚からもらったものらしい。今ではちょっとした、ブリーダー(ペットなどをプロとして繁殖させ販売する仕事)感覚だ。

  しばらく世話をやいているのを横でみていた。これが実に根気のいる手間暇かかる仕事だ。まず、たくさんある水槽全体ををじっーと観察している。30分ほどみていただろうか?まさに我が子を見守る親の眼差しという感じだ。

 一つの水槽で泳いでいる4、5匹をじーと観察していて、水面で口をぱくつかせているのに気が付くと、水中の酸素が足りないから、水を変えてやるとバケツに水を汲んできた。

 しかし、水の入れ替えが一番神経を使うのだといいながら、細いチューブをつかって長い時間をかけて注意深く入れ替えする。それを飽きもせずじっと見ているのである。これだと時間が経つのも忘れるのだろう。これなら暇を持て余すこともあるまい。

 驚くのはほとんどお金をかけていないことだ。水槽も樽も建築の廃材のリサイクルでコストはかかっていない。もっと驚いたのは、病気になった金魚を治すのに、専用の薬を買ってくるのでなく、なんと食塩をつかっていた。

 本人に聞くと『昔、塩で治したことがあった。念のために水族館に電話をかけて質問して確認したから大丈夫。』だそうだ。よくも、そこまでやるなって感じだ。

 さらにいうと、孫から預かっているだけに配偶者である母も大変協力的だそうだ。

 それに一番いいのは、毎日金魚の成長していく姿に元気づけられたり、新しい子供たちが生まれてうきうきしたり、日々変化があるのがいいのだ。連続ドラマを毎日見ているのと同じで次の日が来るのを、わくわくして楽しみにできる。

 勿論、孫か帰省してきた時は喜んでもらえる。孫孝行もできるというわけだ。

 これはシニアにとって理想の趣味の条件にぴったりではないだろうかと思う。以下箇条書きで整理してみる。
 
(1)暇を持て余さない。(世話に手間暇かかる)
(2)お金があまりかからない(リサイクル)
(3)誰かのお役にたつ、感謝される(孫のため)
(4)気楽に長く続けられる(リスクは小さい)
(5)孤独に耐えられる(一人で楽しめる)
(6)友達ができる(金魚の趣味サークル)
(7)配偶者の理解(孫のため)
(8)毎日変化がある(金魚の成長、誕生)
(9)体や手先を使いボケ防止になる(金魚の世話に体を使う)
(10)創意工夫でき飽きがこない(人に聞いて工夫し問題を解決)
(11)生きがい、使命感が感じられる(やったことが報われる、誰かに必要にされる)

 特に(5)孤独に耐えられる、は大切だ。北欧のスゥェーデンやノルウェーでは『ゆりかごから墓場まで』で社会保障の考え方が進んでいる。かの地では趣味について、こんな風に語り継がれているそうだ。

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 人間がこの世に長く幸福に生きていくためには、ある場合、趣味はお金以上に大切である。そして次の二つの趣味が必要だ。一つはよい友達と付き合える趣味。もう一つは、一人でも孤独に耐えられる趣味である。

 特に配偶者や友人にも先立たれ、自分一人で死に直面しなければならなくなった時にこそ、死ぬまで続けられる、品の良い質の高い趣味が死を穏やかに受け入れ、孤独から救ってくれるのである、と。

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 高齢社会とは何も介護や年金の問題だけではない。人が死ぬまで、生き生きと生きがいを持って生きていけるか、ということも大切なテーマだ。仕事中毒で日本を支えてきた人たちこそ良質な趣味を持つべき時がきたのではないだろうか。

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2007年6月 8日 (金)

【健康】ダイエット!お肉は食べない

 体重80Kgの壁は厚かった。何度も切ろうとするが毎回リバウンドに邪魔されたのだった。何としても突破したいと思っていた矢先ある事件が起きた。

 2002年の10月、39歳のときだった。リバウンドがきつく、85Kgぐらいまで戻っていたときだ。

 突然声がでなくなったのだ。いくら病院にいっても埒があかない。何が原因かつかめない。私のような仕事をしていると声が出ないのは死活問題だ。

 空気清浄器や浄水機、一通り試したが、本格的に体質改善をするしか手はないと思いはじめた時だ。この本に出会ったのは。

 タイトルは『シーフードベジタリアン』。新聞の広告で見付け直ぐ様入手した。

【健康】ダイエット!お肉は食べない

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『シーフードベジタリアン』(安岡 博之/著、英治出版、2002.8)

南赤坂クリニック院長安岡博之氏が12年の臨床実績に基づいて確立した魚介類と野菜中心の食生活のこと。

具体的には、
・魚介類…魚類・貝類・海藻類
・野菜類…野菜、果物、穀類、イモ類、豆類、キノコ類
を積極的に摂るようにし、肉類、卵類、乳製品は避ける。

 本書の内容としては
●外食中心の食生活でも「血液サラサラ」になれる
●日本人の「和食用の大腸」に肉食は合わない!?
●生活習慣病にかかるのは人間と家畜だけ!
●「カルシウム補給=乳製品摂取」は安易過ぎる!?
●「魔法のフィッシュオイル」が身体と脳をシャープにする。  など

 特にビジネスパーソン向けの、接待などの食事法、ダイエット、健康法が中心。体に気を遣いたいけど、無理な節制はいやだ!という人にはオススメ。

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とにかく痛快な内容だ。魚介類が食べれれば外食は恐くない。糖尿病のカロリー計算は難しいから初めから肉を食べなければ計算はいらない。乳製品は子供には必要でも大人には要らない。魚にはEPA、DHA入っているから頭がよくなる。居酒屋メニューは魚料理が多くて健康的。などなど。

 とにかく、こちとら生活がかかっている。必死でやってみた。妻もダイエットにいいと付き合ってくれたのには大いに感謝している。

やってみるとそれほど難しくはなかった。ただメニューのバリエーションカが限られてくるのが大変だった。

 ただしこの方法はある程度長期間続けることで体質も根本から変わるものだ。私も約3年弱、全く肉は食べなかった。その後、さすがにもう食べてもよかろうと思い食べてみたが、前ほど美味しくない。体質的に受け付けなくなったのだ。

しかし、このシーフードベジタリアンのお陰で体重は一気に減って72Kg!勿論体質も変わり、お肉自体食べなくなったのと、なによりそれ以後、声はいたって順調なことがなによりうれしい。

 やる前は肉好きの私としてはそんなことできるかと正直思っていた。しかし断食の時と同様に、神社の神官が精神力を鍛える修業の為、四つ足(豚、牛など)の肉は食べないと聞いたことで、さらにモチベーションが上がったことも大きかった。

 最後におまけ。というか、本当はこれが一番うれしかったが。

 BMIという指標をご存じだろうか?人間の肥満度をはかる指標だ。

計算式は
BMI=体重Kg/(身長m×身長m)
である。

BMI25以上で肥満。22以下だと標準と言われる。私は見事、体重72Kg、身長1.75mにまで痩せたので、実にBMIは23.5となり、ついに肥満ではなくなったのだ。

やったぞー、デブじゃないぞ。

おもわず心の中で大声で叫んだのだった!しかし同時に次の目標も見つかった。そう、BMIが22以下にするには、体重67Kg以下にしなくてはならない。ちょうど高校卒業時の体重だ。

もし、この目標をクリアしたなら、またこのブログで是非とも紹介することにしよう。こうご期待!!

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2007年6月 7日 (木)

【健康】10 日間の断食で変わった

あれはまだ私が独身だった31才前後で、体重92Kg〜93Kgぐらいの時だったと思う。それまで一度、三日間ほどのプチ断食はやったことがあった。しかし今回は本格的な断食に挑戦した。

 くれぐれも断っておくが、最近ダイエットばやりで案外気楽な気持ちで、断食をやる人が多いが、やり方を間違えると体に重大な危険がともなったり、また回復食といって断食あけの食事の取り方を間違えるとリバウンドが激しい。

従って専門家の指導のもとに行なうのが安全ということだけ最初に申し上げておきたい。幸い最近は断食道場がいたるところにあるし、専門のドクターが書いた情報も豊富にあるので参考にされたい!

 これさえ守れば断食は悪いことではない。ウィキペディアにはこうある。

 『断食は多くの現代病に効果があると考えられる。その理由は、人間の体は、消化吸収することがない状態に入ると、自然に体にたまった毒素を排泄する作用があるためである。現代病、いわゆる生活習慣病のほとんどが、体にたまった毒素の影響によるので、その毒素が断食により排泄されるからだ。』と。

さて私が何故断食をやろうと思い立ったかと言えば理由は二点あった。

一つ目はもちろん痩せること。医者に折り紙つきのメタボで10年で死ぬと忌まわしき予言を頂いたからだ。いろいろ試すが一向に効果がないので断食が切り札だった。

もう一つは改革請負人を仕事とする私自身の精神力を鍛え直すためだ。

 江戸末期の農政改革者として知られる二宮尊徳、つまり二宮金二郎は、千葉の成田山新勝寺に21日間こもり、断食を行なったことで改革の極意を悟ったそうだ。

この話を聞いてまさに一石二鳥だと思った。しかし、上で触れたように断食は危険だとも知っていたので、専門的に調べてみた。

 イスラム教のラマダーンなど世界中の宗教で断食が大事な宗教儀式だったり厳しい修業として位置付けられている。つまり日常とは違う神聖なものであり、大変厳しいものだと肝に銘じるべきだ。

 従って安易な気持ちで始めるべきではない。ダイエットといえども本当に痩せたいのか、なにがあってもやり続けるのか己の意志が問われる。すなわち【覚悟】がないと断食は出来ない。

 さて具体的にどうするか? まず自分は何日続けるかはっきりとした目標をたてること。何のために断食するかという動機を自分の中で明確に持つこと。さらに何があってもやり続ける意志を強く持つこと。

 その方法と注意事項は、(1)始める前に徐々に食べる量を減らす。
(2)和食や精進料理など胃にやさしいものにする。(3)はじめたら必ず水、ないしポカリスエットは一日2リットルは飲む。
(4)体に何か異常がみられたら、絶対に無理をしない。必要なら医者にいくこと
(5)断食後はやわらかい三分がゆぐらいからならす(6)すこしなれたら、お吸物や味噌汁などに徐々に変えていく
(7)絶対にやってはいけないのは、いきなり大量にたべはじめること。これをやるとリバウンドが強烈になる。断食中は体が死んだ状態になるので少しのエネルギーでも必死に吸収しようとするからだ。

私が調べたところでは、注意することは、ざっと上の項目くらいだろう。

もう一つ私が苦労したことがある。断食道場などにカンヅメになるのと違ってごく一般の日常の生活を続けながら行なったので、特に食事の誘いを断るのに苦労した。

仲のいい人ならば下手に隠し立てせず、私いま断食中なのと正直に言ったほうがいいだろう。相手が関心をもってくれることもあるが、誰かに宣言すると引っ込みがつかなくなって続けられるというのもあるからだ。

さてそれでは断食を始めてどうだったろうか?何が変わったのだろうか?

 正直、最初の二日目、三日目がもっとも苦しい。とにかく空腹との戦いなのだ。お腹はグーグーなり続けるは腹はへるは。

 この最初の難関をすぎると今度は不思議な感覚になる。四、五日目当たりからだ。それまでと違いあまり空腹感が激しくなくなる。体が慣れてくるのだろう。むしろ飲んでいるお水がまるで砂糖水でも飲んでいるように甘く感じる。

 問題は六日目、七日目以降である。妙にハイ・テンションになるのだ。高揚感が全身にみなぎり、断食していることすら忘れてしまう。

 それを過ぎると、体内に何も入れていないので確かに体のだるさもあるが、逆に魔物がとれたような全身の軽さも感じる。

 この時の感覚は不思議だ。人間が本来持っていた野性の感覚に戻るような感じ。感覚が急に鋭敏になる。五感が研ぎ澄まされる。

 特に嗅覚。日頃、視覚、聴覚ほど使っていないがこの時は犬の気持ちが分かった。とにかく町中を歩いていると普段は感じない『匂い』がそこらじゅうからただよってくる。

 そこらじゅうの食物が一斉に強烈な匂いを放ち自己主張する感じ。私たちは余り意識しないが、いかに日頃町中匂い、特にうまいものの誘惑が多いかをこの時ばかりは実感した。

 次に色の感覚。特に食物と関係するのだろうか?黄色、赤色が次々と目に飛び込んでくる。他の色は感じず、このいろのものだけをやたらと過敏に感じる。

 この時、改めて非常に大切なことに気付いた。『我々が食べる意味』だ。

 飽食の時代の今日、余ほどのことがないかぎり、意識して食事をしていない。

 食事の時間だから食べる。お腹がすいたから食べる。町でおいしそうなメニューを見つけたから食べる。友達と一緒だから付き合いで食べる。家族と一緒に食べないと怒られるから食べる。

 本当に大事な生命を維持するため、生きるために食べるということは、ほとんど意識していない。儀式や規則、慣習、誘惑、惰性、欲望、見栄などなどのために食べている。これが現代社会なのだと痛感した。


 いよいよ断食も最後の九日目、十日目。精神力との戦い、頂上まじかの山登りと同じで、ゴールを意識しはじめると最後は自分との戦い。

 ここまで頑張ってくると、やっぱり『終わったらあそこの店で○○○を死ぬほど食べてやろう』とかいう煩悩が私の中で急に台頭してくる。こうなるとやばい。今まで我慢出来ていたのに急にまたお腹がヘリ始める。

 ただしこの時の感覚は本当にお腹がへったのと違い、砂漠でオアシスの蜃気楼を見るのと同じ、幻影をみているのだ。しかも次から次から幻影は襲ってくる。

 きゃー、たまらん


 最後は寝てしまうか目を閉じるか、何も考えないか、考えても意識しないか。とにかく幻影の嵐をやり過ごすだけだ。

 断食を終える日、私は長年の親友の勤めるオフィスに来ていた。彼はコーヒーでもお茶でもなく、なんとインスタントのお吸物を出してくれた。

 なんと美味しいのだ。

 この味は強烈に頭に、体中に焼き付いている。

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 この結果、断食期間中の10日間で7Kg痩せた。86Kgと初めての80Kg台だった。しかしその後は多少のリバウンドがあった。やっぱり。

 ただしこの断食の経験は、その後のダイエットに多大なるものを残したと痛感している。

 まず第一に胃が小さくなったことだ。だから、断食後は普通の生活に戻っても、少しの量で満足できた。 第二に、空腹に耐える精神力が出来たこと。
 第三に周囲の誘惑に負けなくなったこと。
 最後に食事の意味を考えるようになったこと。生きるために食べる食事かどうか考えるようになった。

 今までは何げにムシャムシャとガキや畜生のように食べていて、満腹中枢も完全にマヒされていたが、断食はこの満腹中枢も野性の感覚に戻してくれたのだろう。少しで満腹し、満足できるようになったのだ。

 ということで、色々な要素があってこの後も痩せていったが、80Kgのところで恐ろしい壁にぶつかった。これは本当に大変な壁だ。
 これに対し、シーフード・ベジタリアン、つまり全く肉を食べない生活という武器で立ち向かうことにした。

 いよいよドラマも明日でクライマックスを迎える。


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2007年6月 6日 (水)

【健康】私のダイエット100Kg →70Kg

 最近、お痩せにやりましたねと声を掛けられることが多い。

さる5月24日のこのコーナーのブログ『【健康】健康管理の6つのS』という中で私の体重が100Kg近かったと話した。

 自慢じゃないが(自慢できることじゃない)、世の中がメタボリック症候群などと騒ぐ遥か前から、私はれっきとした折り紙つきのメタボだった。その意味では時代の最先端をいっていた。(笑い)

身長は175cmで変わってないが、体重のピークは100Kg近かったものの、今の体重は70〜74くらいの間をいったりきたり。自分としては、70Kgを切ってなんとか60Kg代にもっていきたいとおもっている。

 ピークだったのは、27〜29才ころで、44才のいまから、15年ほど前。つまり、15年間で30Kg。単純に計算すると、1年で平均2Kgづつ痩せたことになる。勿論、痩せたり、太ったりの紆余曲折を経てきたわけだが。

ただ今おもえば、100Kgから70Kgちょっとまで減らすには、当然それなりの苦労があった。今日は特に女性の方が喜びそうな私のダイエット体験記でも書いてみよう。

 そもそもなぜ太ったのか?最大の原因はDNA。すなわち両親からの遺伝である。しかし、それでも高校卒業の18才の時点で67Kg、大学卒業の23才の時点で72Kgだったから、始めからメタボだったわけではなかった。

 それからわずか5年ほどの間で30Kg近く太ったことになる。こう冷静に書いていると本当に恐くなってくる。よくもまぁそんなに太ったもんだ。

 暴飲、暴食、夜更かし、運動不足に過度のストレス。それと何より太ったことを気にしなくなったこと。人間一旦歯止めがなくなると、どこまでも暴走する。

 『太く短く、うまいもの食って生きたいように生きる。外見なんか気にすることはない。人間中身だ。』と真剣に思っていた。

 それが変わったきっかけはこうだ。30才になる少し手前のころだろう。生命保険会社に勤める友人が是非入ってくれというので健診を受けたときのことだ。

 初めて折り紙付きのメタボと太鼓判を押され、このままだと十年しないで早死にするというお墨付きまで頂いた。

 正直、ショックだった。これがきっかけで、痩せようと真剣に思った。。。といいたいところだが、独身だった私としては痩せれば女性にもてるだろうという下心も大きかったことを付け添えておこう。

 お酒が好きな私としては、それ以外のことは色々やった。過激なところでは十日間の断食をしたりもした。これについては後で詳述する。

 しかし最大の問題は長続きしないこと、それとリバウンド対策だった。

 皆さんも経験おありかもしれないが、世の中で騒がれるダイエットというのは確かに短期的には、すぐに効果はでるが、意志が弱いのか、安心してまた食べてしまうのか、その時はよくても必ずリバウンドがくる。さらにいうと、リバウンドで前より太ってしまう事も多い。

 つまりダイエットに王道はない。いかに自分に合った方法を選び、肩肘はる事無く気楽に、そして長く継続的に続けるかが肝心だろう。

 笑い話じゃないが、10日間で10Kg痩せても、次の10日間で15Kg太ってしまうのが、ダイエットの常。特に気合いを入れて決断するような時こそ危険。こういう時はリバウンドすると極度の自己嫌悪に陥るからだ。

 だからダイエットなど誰かに宣言したり、気合いを入れて、さぁやるぞなどと改めてやっちゃいけない。失敗したときの落ち込みが恐いから。

 私の経験では、一番いいのは気楽にはじめて、ダイエットしてる素振りなど誰にもみせないこと。でも自分の中では、それなりにやっている。

 『最近痩せた?』と言われたときは、『えっ、そう?特になにもしてないんだけど。』って言っておいて、影に行ってヤッターって小さくガッツポーズするっていうぐらいが丁度いい。

 第一、失敗したときのリスクは少ないし、しかも気楽で長続き出来るのが一番いい。

 絶対にやっちゃいけないのは、周囲から痩せたねと煽てられ、私のダイエット成功談などを偉そうにしゃべってしまうこと。私の経験だがこういう時に限って、恐ろしい悪魔のリバウンドが必ずやってくる。ご用心、ご用心。

 では私はどうやって痩せたのか?今思うと大きくは二つあった。一つは10日間の断食、それと3年間肉を食べなかったことだ。これについては引き続きこのブログでお話する。

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2007年6月 5日 (火)

【経営】環境を再生するコスト?

昨日お話したホタルについて、もう一つお話したいことがある。 といっても優雅なホタル狩りの話ではない。ホタルが飛べる環境をもう一度作り出そうという環境創造のプロジェクトの話だ。

 かつて松下政経塾の展開する活動の一つに地域政経塾というものがあった。これはそれぞれの地域で松下政経塾の志を共有し、地域おこしや町の活性化を図ろうというものだ。今でも何ヶ所かで活動を続けている。

当時、全国でも初めて開設したのが京都政経塾だった。入塾試験を通ってやってきたやる気満々の塾生たちだ。関西にいた私もよく指導に訪れた。

 その塾生がチームを作って取り組んだのが、『高瀬川にホタルをもう一度!』というプロジェクトだった。

 高瀬川は江戸時代に角倉了以によって、京都の中心部と伏見を結ぶために作られた、鴨川を水源とする運河。罪人を乗せて運んだ『高瀬舟』は森鴎外の小説として有名だ。いまは歓楽街を流れ、桜の名所としても名高い。

【経営】環境を再生するコスト?

 地元のお年寄りの話だと、かつては水もきれいで天然のホタルが飛んでいたそうだ。それが水が汚くなったことや護岸工事が進んで、ホタルの幼虫の餌となるカワニナという巻き貝が生息出来なくなったのだ。

 カワニナは敏感な生きものできれいな水の中で川辺に草などが生える場所を好む。このため、コンクリートで護岸を固められると途端に棲めなくなるのだ。

 高瀬川の清掃は、高瀬川保勝会という地元のボランティアが当たっている。京都政経塾のメンバーばまずこの保勝会に働きかけて協力してもらおうと、週末の清掃活動などに積極的に参加したりした。

川の掃除をしてびっくりしたそうだ。生活廃水は流されるわ、ペットボトルや様々なゴミゴミ。ひどいのは使えなくなった自転車まで。開いた口がふさがらなかったという。

 彼らの取り組みはその後も続けられたが、色々水質調査などを繰り返すと、その水源である鴨川の上流から手を付けねばならず、残念ながら断念せざるをえなかった。

 彼らは活動の記録を最終的に報告書にまとめたが、その最後にドイツの環境学者の言葉を引用した。

 『環境は一旦破壊されると元に戻すのは極めて困難だ。破壊したときのコストの実に30倍のコストが元に戻すのにかかるのである。』と。

生活廃水やゴミを捨てることで、その時は手間が省けたり、廃棄費用が節約できるように見えても、一旦破壊された自然はその30倍のお金をかけないともとにもどらないのだ。

何十年もかけて汚染を蓄積してきた高瀬川をいきなりもとに戻そうにも、必要となる費用は計りしれないということだ。

 この環境にまつわるコストが一つの企業を崩壊の淵に追いやることもある。アメリカの有名な電池を作っている会社で実際あった話だ。

アメリカでも有数の品質価格を誇る同社の製品。株価も高く市場からの評価も高かった。ただしこの会社の見過ごしたのは長期的視点と環境への配慮だった。
その周辺の水源は、良質な製品を作るには最適のものだった。しかし、短期的な利益だけが評価される経営者は、この工場から出される廃棄物をここの土のなかに捨て続けたそうだ。

やがて何年もの後、すっかり土壌は汚染されてしまった。そしてあろうことか、良質と思われていた水源までが汚染され、結果として、製品の品質も悪化し経営危機においこまれたそうだ。

この手の話はよくブーメラン効果と呼ばれる。つまり遠くに投げたつもりのブーメランが自分のところに戻ってくること。すなわち自業自得ということだ。

しかし、この話の場合事は簡単ではない。被害をこうむったのはこの会社だけでなく近隣のすべてがまきこまれたのだ。

 さらにこれを元に戻すには電池会社の儲けたお金の30倍のお金がかかるのだ。一体誰がどう払うというのだ。

昔から、覆水盆に帰らずという言葉がある。一旦こぼしてしまった水をもとのお盆に戻すことが出来ないということだ。

 一般の企業会計は一年単位だが環境を配慮した、環境会計だとその会社の生涯通じた会計になる。

そろそろ企業経営も、短期的、表面的、一面的視点からだけの味方を卒業しないと、地球というかけがえのないものをうしなってしなうかもしれない。

その時、誰が30倍のコストを払えるだろうか?

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2007年6月 4日 (月)

【自然】懐かしいホタルの思い出

 先週の土曜日の夜、万博記念公園にホタルの夕べを見にに行ってきた。1970年の大阪万博跡地が今は立派な公園になっている。その中に広大な日本庭園があり、そこで催されたイベントだ。

 広い敷地に流れる川や滝。水辺で乱舞する無数のホタル。と、ポスターにあり思わず出掛けることにした。

 ここのホタルは、ゲンジボタルとヘイケボタルがメインだ。最近よく都会のホテルでやっているように余所でとってきたのを放すというのでなく、ここの地で自生しているものだそうだ。

10年前、滋賀県の山中でとってきて放したものが、この日本庭園の自然環境にピッタリ合い、毎年繁殖を繰り返しているのだ。

 前宣伝に釣られてやってきた私だったが、子供のときのように思わず歌いたくなってしまった。

 『ほー、ほー、ホタル来い。あっちの水はからいぞ。こっちの水は甘いぞ。ほー、ほー、ホタル来い。』と。

 誤解がないように申し上げておく。決して童心に帰って歌うのではない。 人が余りにも多すぎて、全然ホタルが来てくれないからだ。

 『本当、冗談じゃない。どこが無数のホタルが乱舞だ!一匹、二匹じゃ乱舞じゃないだろう!責任者出てこい。』と思わずノドもとまで出かかってやめた。

 都会に育ってホタルなど見たことのない若い家族ずれやカップルがあふれかえっていた。そこらじゅうで大声はあげるは、カメラのフラッシュはたくは、これじゃホタルも優雅に夜空を舞おうなんて気になるまい。

 第一、ホタルの身になって考えていない。長い幼虫の時代を乗り越えて、やっとの思いで成虫になったのだ。しかしその寿命ばわずか一週間から十日間。この間、水しか飲まない。幼虫時代に蓄えたものだけで堪え忍ぶ。

 やる事はといえば後世に子孫を残すための繁殖活動だ。つまり、あの幻想的なほのかな灯りでふわりふわり飛ぶのは必死に異性を求めているサインなのだ。時折、全員が点けたり消したりをシンクロさせるのはそのためだ。だから、周りがうるさかったり、明るかったりするのには大変デリケートなのだ。

(後の方で多少何匹かまとまって飛ぶ場所はあり、怒りはおさまったたものの) 乱舞するホタルでなく、ホタルを見て乱舞する見物人の背中をみて、すっかり興醒めしてしまった。

 しばらくして気持ちが落ち着いた。帰りの家路につく途中にふと懐かしいホタルの思い出を思い返していた。

 あれは十年近く前の話になる。当時私の友人が徳島県でツアーガイド誌のライターの仕事をしていた。その折、まだ誰も知らないホタルの穴場があるということでいってみた。

 四輪駆動のアウトドア車で山中を走ること二時間あまり。まわりは、それこそ灯り一つない、人っこひとりいない川原だった。車のライトで辛うじて確認できる程度だ。

 自然観測にかけては徳島でも有名な彼は、我々に静かにすること、明かりはつけないことを注意し、キャンプの準備をはじめた。

 川原にゴザをしき、持ってきたお酒やつまみの準備を始めた。まわりはすでにホタルの乱舞が始まっていた。

 ショーに気を取られつつも酒席の準備を急いだ。はやく自然が織り成す最高のディナーショーを始めたかったのだ。

 小さな声で乾杯すると、我々はしばし夜空を見上げ無言で酔い痴れた。言葉に出来ない、筆舌に尽くしがたいとはこのことをいうのだろう。この世のものとは到底思えなかった。

 夜空の空気は澄み渡り、六月上旬なのに少し肌寒い。清流のせぜらぎが、心地よいBGMだ。

 ホタルのお陰で久しぶりにゆっくりと夜空を見上げた私たちは、空一杯に広がる満天の星空もしっかりと目に焼き付けた。

 なんといっても、手付かずの大自然の織り成す空前のディナーショーを私たちだけで独り占め出来る最高の贅沢を思いっきり満喫したのだった。ああ生きてて良かった、生まれてきて良かったと心の底から感じられた瞬間だった。

 思い出に酔い痴れてボーとしていたが気付くとベランダでタバコを吸っていた私。ふと現実に戻り思わずひらめいた詩だ。

 〜ホタルの夢に
   酔い痴れて
    夜空に悲しき
     ホタル族〜


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2007年6月 3日 (日)

【モバイル】モバイル人間、進化の歴史

 さて、先週から突然始まった特集『モバイル人間、進化の歴史』。(書いてるうちに面白くなったので、なりゆきで特集にしてしまったのだが。。。)

 25年前のパソコンから始まり、固定回線の遅い速度の時代、重たいノートパソコンの時代。

 そして携帯電話の登場。携帯メールの活用、iモードの徹底活用、インターネットなど携帯の高度利用とその歴史は続いた。

 今回のこの特集は、私自らがこの25年間(ドッグイヤーなら200年くらいかな?)、どのようにモバイルに苦労し、どのような技術でそれを克服し、どのように進化してきたのかを具体的な体験談を交えて分かりやすくお伝えしたい。

名付けて、〜パソコンから携帯へ。固定からモバイルへ。自伝的技術体験談〜。

 さらに具体的なノウハウ、技術などについては、すぐにでも皆さんにはじめてもらえるように、参照先、連絡先などの情報もどんどんとお伝えしていく方針だ!

 さて、特集は下記のラインアップで組んでいくことにしたい。

 【注意】ただし一つお断わり。このブログの性格上、多くの方々に様々なジャンルの話題を気楽にお伝えしたいので、特集ばかり連続させることはしない。
一週間に一本か二本、不連続でお届けするのでこうご期待!

 特集だけ続けてお読みになりたい方は、表題に【モバイル】とつけてあるので、目印にしていただきたい。それでは是非お楽しみ頂きたい。

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特集『モバイル人間、進化の歴史』
〜パソコンから携帯へ。固定からモバイルへ。自伝的技術体験談〜
(全15回、不連続シリーズ)


【第1回】モバイル人間になろう!(2007年5月31日既報)

【第2回】PCメールを出先から送受信〜メール転送機能
(2007年6月1日既報)

《今後の予定》
【第3回】驚き65才の父が携帯メールを!〜キーボードに慣れる

【第4回】携帯でネット検索が出来る!?〜Googleモバイル

【第5回】携帯活用サイト私のBest 10〜iモードメニュー

【第6回】携帯で中日ドラゴンズを応援〜Yahoo!掲示板

【第7回】パケット代を安くする〜パケホーダイ

【第8回】iモード達人への道

【第9回】メールボックス知的活用術

【第10回】携帯メールを強力にする〜リモートメール

【第11回】コンビニのFAXがプリンタに〜クロネコFAX

【第12回】携帯からインターネットを直接見る〜Jigブラウザ

【第13回】出先から自分のハードディスクが使える〜FTP

【第14回】ネットカフェは最高のオフィス〜PCと携帯の連携

【第15回】終章〜モバイル人間の明日


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2007年6月 1日 (金)

【モバイル】PC メールを出先で送受信

  さて前回から始めた『モバイル人間、進化の歴史』の第2回の今回は、携帯メールの話をしたい。昨日は94〜95年の技術環境の変化についてふれたが、この年もう一つ日本のモバイルにとって大きな事件が起こる。そう、阪神・淡路大震災である。

当時携帯電話は普及してきたとはいえ、全体からみればまだ一部の人間のものだったが、この震災を契機に一気に広がる。これに加えて99年になると携帯の端末買取制度と使用料に応じて収入が増えるインセンティブの導入で、店頭には1円、0円という端末がならび一気に普及。子供でも女子高生でも誰でも持てるようになったのである。

またこの年NTTDoCoMoのiモードサービスが開始される。これによって携帯からアクセスできる情報の量も質も飛躍的に伸びることとなった。

 実は私はというとこの前年の98年ころから携帯でメールを使い始めた。使い始めたきっかけは出張の多い私としては切実な問題からだった。正直言って最初は、女子高生のおもちゃぐらいにしか思っていなかった。なにしろ、アルファベットのキーボードこそビジネスマンのツールであり、電車に乗りながら片手でピッピッなどというのはどうにも邪道にしか思えなかったからだ。

 しかも当時の状況からすればパソコンで使うメールアドレスと携帯で使うアドレスとは異なるものであり、別々の管理で使っていた。つまり、携帯のメールはせいぜい親しい知り合いや家族とだけでしか使わなかった。あくまでメインはパソコンのほうだった。

 ところが、ここで大きな問題が起こった。つまり、事務所に帰りパソコンの前に向かわないと、メールの受送信ができないということだ。この問題は、割りに年配のユーザーの人には今でも当てはまることで、特に出張に出たりすると、2日も3日も返事が返ってこない。場合によっては1週間以上もなしのつぶてという人がいまでも見受けられる。メールは出来るがモバイル人間ではない人種だ。

 当時の私もまさに同じ状況だった。つまり、特別用事もないのに、メールをチェックするためだけにオフィスに戻らねばならなかった。まあ、内勤の方で年中オフィスで仕事をする人はいいが、私の場合長い場合で2〜3週間も出っ放しということがある。

 困った私は次にノートパソコンとモデムを持ち歩くようになった。しかし、これも重量が重いし、どこでも通信環境があるとは限らなかった。特に重いのは辟易した。ただでさえ疲れる出張なのにメールの確認だけのために持ち歩くのは馬鹿らしかった。

 なにかいい方法はないものか?色々と調べた挙句にたどり着いたのが、パソコンに届いたメールを携帯のアドレスに転送する機能だった。つまり今までわざわざオフィスにいって確認していたものが、出先の携帯に転送され、出張先で読むことが出来る様になる。また返信もその場でできるようになる。(この転送機能は今日大手のプロバイダーでは標準的な機能としてついている。また会社の管理するアドレスでは、会社ごとにこの機能をサポートしているところがある。詳しくは各システム担当者にお聞きいただきたい)

 この技術はある意味画期的だった。何しろ毎日メールのために事務所に行くということから開放されたからだ。メールが普及した今日、いかに早く相手に反応するか、つまりクイックリスポンスは相手に対する礼儀でもある。その意味で、これは大変便利な機能だった。

 もうひとつ大きな変化は、携帯のキーボードでの入力が格段に速くなったことだ。なにしろ携帯メールを仕事で使うということになって、アルファベットのキーボードと同様の速度まで速めないと能率が悪い。そこで必死になってトレーニングをつんだわけだ。最初は女子高生のおもちゃと思っていたものが慣れてくると、かなりのスピードでうてるようになった。いやはや、これでどんとんとモバイル人間への進化は進んだ。この携帯の入力が苦にならなくなったというひとつのスキルのお陰で、次にもう一つ上のレベルへと飛躍することが出来た。

 次の進化の段階は、iモードの徹底活用だ。この話も面白いドラマがたくさん待っていた。これについてはまた後日詳しくお話しよう。

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