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2007年11月18日 (日)

【人生】七五三と『とおらゃんせ』

 先週11月15日は七五三のお祭りであった。全国の神社やお寺には綺麗に着飾った小さな子供たちが両親に連れられ千歳飴を手にして晴れがましくお詣りする風景をよく目にした。

 子供の成長を祝って昔からある伝統な年中行事であり、毎年男の子は五歳、女の子は三歳と七歳の年の11月15日に行われる。

 元来は関東圏における地方風俗だったらしいが、やがて全国に広がったものだ。

 七五三が今日のように行われるようになった理由はなんだろうか?

 まず旧暦の15日はかつては暦の上からも満月の日に当たり、何事をするにも吉であるとされた。

 また、旧暦の11月は秋祭りが終わりお米の収獲を終えて神に感謝する月であり、その月の15日に子供の成長を感謝しお詣りするようになりこの日に決められたのである。

 それでは何故七歳、五歳、三歳なのであろうか?これにも諸説あるものの昔からのしきたりで、子供が年齢を経て成長しどんどんと大人になるに従って着衣や装いを変えていったことから以下のような説明が一般的である。

 まず三歳は髪を伸ばす髪置、五歳は初めて袴をつける袴着、七歳は、それまでの子供用の紐付きから本仕立ての着物と丸帯という大人の装いに変える帯解・紐落しという行事がもとになっている。

 昔から一、三、五、七などの奇数を縁起の良い数とする中国の思想の影響もある。女の子の桃の節句は三月三日、男の子の端午の節句は五月五日というのもこの思想から来ている。

 七五三と言えばつきものの千歳飴。もとは親が子供の健やかな成長と長寿を願い細く長く作ったとされている。

 その理由として昔は子供の体は大変弱く少しのことですぐに病気になり死んでしまった。そこで体もしっかりして来た七歳に神様にそれまで無事にお守り頂いたというお礼にお宮参りするのが習わしだったということも理由の一つに上げられている。

 皆さん童謡の『とうりゃんせ』の歌詞を思い出して頂きたい。この中に『この子の七つのお祝いにお札(ふだ)を納めに詣ります』というフレーズが出てくるがこれがまさにこのお礼参りのことなのである。

ところで皆さんこの『とおりゃんせ』の話について怖い伝説があるのはご存じだろうか?この歌には昔から様々な言い伝えがあり伝説となっている。

 折角のチャンスでもあるので今日はその伝説についてお話してみることにしよう。まずは子供の頃に唄った『とおりゃんせ』の歌詞を思い出してみることにしよう。

「♪とうりゃんせ、とうりゃんせ。ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ。ちょっと通してくだしゃんせ。御用のないものとおしゃせぬ。この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります。行きは良い良い帰りは怖い。怖いながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ。」

 随分懐かしいフレーズだ。皆で手を繋ぎ人の手で鳥居の形を作り、この歌を歌いながら順番にその輪をくぐり遊んだのが懐かしい。
 昔はこの「とおりゃんせ」や「かごめかごめ」をやって遊ぶ子供たちをどこの公園や広場でも見かけたものである。

 もう一度歌詞を見ると不思議なことがいくつかある。何故行きは良くて帰りは怖いのか?用の無いものはどうして通してもらえないのかなどである。

 これはネットで調べると分かるが随分諸説があるようだ。

 もともとこの歌の由来については諸説ある。まず埼玉県川越市の川越城内にある三芳野神社の前にあった「とうりゃんせ」の碑に書かれた文章が有力なものの一つである。

 これを読むと寛永元年(1624)酒井忠勝によって再建されたこのお城。当時お詣りしたい神社が城内にあり普通の人の参詣は難しく「とうりゃんせ」はそのことを表現したものだと伝えられている。

 この川越説の他には、江戸時代の箱根など関所での取りしまりを、子供が真似て遊びにするようになったという関所ごっこ説も有力な説としてある。

 この他に最も有力とされるのが次の天神参り説である。もともと七歳の女の子の成長をお祝いして天神様をお詣りする七五三の行事がもとになったとする説である。

 昔から七歳になる前の子供は「神の領域」にいると言われ、不安定であった子供の魂は、七歳になって安定し、この世に定着すると考えられていたことが根っこにあるのだ。

 そのため子供が七歳になると天神様にお詣りをして「これまでは神の子として神様に守って頂いたが、これからは他に頼ることなく自らの力で災難を払いのけなさい。」と天神様から教わるのだという。

 そのため、「神様に守られていた行きはよいよいであるが、もはや神様に守ってもらえない帰りは怖い」ということになるのだ。

 七歳までは神の世界にいて、その後は人間の世界に属するというのは面白い考え方である。

 昔は数えでいうので今なら丁度小学校に上がる歳の8歳に当たるのだろう。つまり小学校に上がる前までは神の世界にいて、小学校に上がると人間の世界に入るという意味なのである。

 確かに言われてみれば、そうだろう。それまではただ毎日親のもとで遊んでいれば良かったのが、小学校に上がれば嫌でも勉強しなくてはならなくなる。

 また通信簿などを通じて評価され、回りの人とも競争しなくてはならなくなる。つまり人間世界の過酷な競争社会に飛び込むのがこの歳ということにもなる。
 そう考えるとこの七五三の行事は、我が子の成長を願い神に感謝するだけでなく、親の立場からすれば、これからこの子も「神の世界」を卒業し激烈な競争社会である「人間世界」に入ります。

 神様どうかこの子をこれからの受験戦争、出世競争、弱肉強食の地獄のような社会の中で、いつまでも子供の時のような澄んだ心を失なわず、立派に勝ち抜いて欲しいという、子供の将来を案じてのお詣りの方が素直な解釈かも知れない。

 これからは神社で七五三をお祝いする小さな子供を見かけたら、「そうか、この子もいよいよ戦闘服に着替えて競争社会に船出するのか。小さいのに大変だが是非頑張ってね。」というまた別の意味でもお祝いしてあげようと思うのであった。

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《ダイブツ君絵描き歌》

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