« 【経営】指導者研究『落合監督』(その2)〜悲願の日本一達成 | トップページ | 【経営】指導者研究『落合監督』(その4)〜世紀の決断の評価 »

2007年11月25日 (日)

【経営】指導者研究『落合監督』(その3)〜非情采配裏側の真実

 『もしクレオパトラの鼻が低かったら歴史はどう変わっていただろうか?』

 歴史に『もし◯◯だったら』という議論がよくあるように野球にもこの種の議論はよくなされる。

 『もし自分があの時落合監督の立場だったらどう決断していただろうか?』

 『もし山井があのまま投げ続けていたとしたらどうなっていただろうか?』

 『もしあれが山井でなくエース川上だったら落合監督は代えていただろか?』

 今回の日本シリーズではこの『もし』が何度巷で騒がれたことだろうか?それほどまでに世間の注目を集め物議をかもした日本シリーズだった。

 長いプロ野球の歴史の中でもかつてない出来事であった。

 2007年プロ野球日本シリーズ第5戦、地元名古屋ドームで3勝1敗と53年ぶりの日本一にあと1勝と迫った、中日ドラゴンズ。対するは前年の覇者、北海道日本ハムファイターズ。

 第1戦に先発したエース、ダルビッシュと肩の故障で長くブランクのあった山井の先発で試合は始まった。

 試合は2回裏、中村紀洋のセンターオーバーの二塁打、平田の犠牲フライで1点を中日が先制。

 その後はダルビッシュ、山井ともに譲らす、中日1点リードのまま手に汗握る投手戦を展開。

 中日先発の山井は得意のスタイダーが冴え渡り8回まで24人の打者を完全に抑え、一人のランナーも許さない完全な試合。

山井

 残り三人抑えればプロ野球史上初、本場アメリカ大リーグでも一度もない、日本シリーズでの完全試合を達成する所まできていた。

 先発投手の8回パーフェクトピッチングは日本シリーズの新記録(過去の最高記録は村山実(阪神)、佐々岡真司(広島)が樹立した7回1/3)である。

 9回表、球場の中日ファンから山井の続投を望む山井コールが湧き起こっていた中、落合監督は、ストッパー岩瀬仁紀への継投策を取った。

 それは日本シリーズ史上初の完全試合という金字塔への挑戦権をも“放棄”する決断だった。

 最後は守護神・岩瀬が3人で締め、継投による完全試合(参考記録扱い)を達成。日本のポストシーズンゲームにおける完全試合及びノーヒットノーランの達成は初めてであった。

 翌日の新聞は一斉に落合監督の『球史に残る非情采配』と書き立てた。しかもファンの間でも『私なら投げさせた』、『いや勝負はあれくらい非情にならなければ勝てないのだ』と賛成、反対の意見が真っ二つに別れた。

 プロ野球史上『球史に残る世紀の意思決定』。さてあなたならこの場合どちらの判断をとったであろうか?山井の続投か、それとも落合監督と同じ岩瀬へのスイッチか?

 正直判断の別れるところだろう。プロの解説者の間でも大きく判断は別れている。

 日々意思決定に追われる経営者。その判断次第で組織の命運を決する場合も多い。しかも貴方が誰にも相談出来ない最高意思決定者ならばその決断に当たっての重圧は計り知れないものである。

 ここではあの状況の中で落合監督は何を考えどう決断したのか?彼のインタビューや実際に彼自身書いたものをもとに、あの世紀の意思決定の裏側の真相に迫ってみることで指導者としてのあり方を探ってみることにしたい。

 まず色々分析を進める前に物語の主人公、山井大介投手がどんな投手なのかを見てみることにしよう。以下が彼のパーソナルデータである。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■山井 大介(やまい・だいすけ)

山井ガッツ

【経歴】
 1978(昭和53)年5月10日、大阪府生まれ、29歳。神戸弘陵高から奈良産大、河合楽器を経て、2002年ドラフト6巡目で中日入団。1年目に6勝を挙げた。今季は14試合に登板、6勝4敗0S、防御率3.36。通算成績は5年間で84試合に登板、17勝13敗1S、防御率3.81。1メートル77、81キロ。右投げ右打ち。既婚。血液型はA型、趣味はドライブ。年俸1900万円。背番号29。

【素顔の山井大介】
 サングラスを着用している風貌がウルトラセブンにそっくりなため、ネット上ではそれがそのまま愛称となっている。球種は少ないがスライダーのキレには定評があり、直球と組み合わせてコントロールよく投げ込む。

【ここ数年の山井】
 05年はわずか3勝。昨年06年は右肩を痛め一軍登板はなし。オフに結婚したが、契約更改は合宿所でという二軍扱い。背水で迎えた春季キャンプでも、二軍のウエート室にこもり地道なトレーニングを続けた。
 その成果があって後半戦から復帰し、9月に登板5試合で4勝1敗、防御率3.00の好成績を上げ月間MVPを受賞して今季6勝。
 長年期待されながらここ数年は怪我に泣かされ、今シーズン、得意のスライダーを武器にようやく一本立ち出来たところだった。

【最近の山井の状態】
 2007年のクライマックスシリーズでは第2ステージ第1戦での先発予定も右肩痛再発のため回避し、この日本シリーズでも登板を危ぶまれていたが、なんとかこの日の第5戦に間に合い登板したが長らく投球間隔が空いていたため、首脳陣もこの日の投球を見るまでは不安があった。

【これまでの活躍】
 落合監督はインタビューの中で山井についての印象についてこう答えている。 『彼のこんな活躍を見たの僕が監督になってから3回目でしょう。
 最初は2004年、優勝争いが激しさをますペナントレース終盤の広島戦、ローテーションの谷間で左の長峰とジャンケンで先発を決めて好投した試合。

 そしてその年の日本シリーズ西武ライオンズとの第4戦に、大方の予想を裏切りまさかの完封をした試合。この2試合しか記憶にない』と語っている。

【年度別成績】
2002年 6勝3敗(率)3.93
2003年 0勝0敗(率)4.76
2004年 2勝1敗(率)3.33
2005年 3勝5敗(率)4.13
2006年 怪我で登板なし
2007年 6勝4敗(率)3.36
通算 17勝13敗(率)3.81

【投球した山井の言葉】
 「去年や前半戦のことを考えたら、こんな場所に立てるなんて…。いろいろな人に、感謝の気持ちしかないです。」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 このデータを見る限り、正直彼のこの日の好投は本人は当然、監督、コーチの誰もが想像しなかったと言える。

 しかも試合後、この交代について山井本人がインタビューの中で、個人の記録達成は眼中になかったこと、4回にマメ(肉刺)がつぶれたことや握力が低下していたことに加え、「最後は岩瀬さんに投げてほしい」という気持から自ら降板を申し出たことを明らかにしている。

 また、落合監督も山井交代は手のマメ(肉刺)をつぶして出血していたことと右肩痛が再発してクライマックスシリーズへの登板を回避していたことだと説明した。

 後日落合監督は記者からのインタビューでの質問にこう語っている。


【落合監督インタビュー】
 「あそこは一点差の場面。一つ間違うと流れが向こうに行ってしまう大事な局面でした。だから岩瀬へのスイッチについては全く迷いはありませんでした。世間がこれほど大騒ぎするとは私の方が驚いているくらいです。」

 「みんなが完全試合を見たいのは分かる。オレだって見たい。でも山井のここ(ユニホームの右太もも部分)の血を見たら…。本人が『ダメです』と言ったらしょうがない」(注:山井は4回から血豆をつぶし皆には内緒で痛みを必死にこらえて8回までマウンドにたっていた。)

 「完全試合といってもそれは個人の記録でしょ。それも大事かも知れないが、我々のお客様であるドラゴンズファンにとっては日本一こそ最大の望み。そこのところを天秤にかければ迷うことなく当然の判断です。だから一切迷わなかったですね。」

 「仮に彼にマメが出来ていなくても同じ判断をしてたでしょうね。ただし、彼もあそこまでもたなくて、5回か6回で降板してたんじゃないですか。皆で日本一を目指す日本シリーズという大舞台だからこそできたんですよ。そういう意味では山井は本当によく投げました。」

 「あの時山井じゃなくて、エースの川上が投げていても判断は同じです。岩瀬に代えていますよ。でも川上だったら自分から岩瀬に代えてくれといってくるでしょうね。」

 「それほど岩瀬はうちにとって大事な存在だし、彼を最後に持ってくることを前提にすべてのゲームプランを立てているわけですから。」

 「山井には来年、再来年がある。それでなくても右肩を悪くしてこの2年放れていないんだ。あれで『行け』といって肩をぶっ壊したらアイツの野球人生は終わってしまう。指導者としてそれは出来ないでしょう。」

 「それより岩瀬をもっと評価してやってくださいよ。パーフェクトの試合を引き継いで出ていくわけですからね。その重圧はとんでもないほど大きい。それを表情一つ変えずに抑えるんだから岩瀬は大したものです。もっと評価されてもいい。」

 「もしあそこで岩瀬を出さずにいてその後北海道に行って3連敗でもしていたら、何故あの時岩瀬を出さなかったということになる。出していてもこうして色々言われる。」

 「だから何をやっても言われるけど、日本一になって文句言われるならいいじゃないですか。ファンであるお客様たちは一番そのことを望んでいたわけだし。」

 「マスコミが色々言うのは分かります。ベンチの中のことを知らないんだから、それはそれで仕方ないことですよ。色々言われることには慣れてますから。」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

※【改革支援サービス一覧】皆様の改革のお役にたちます。

※【改革無料相談】改革のご相談はこちらまでお気軽に。

« 【経営】指導者研究『落合監督』(その2)〜悲願の日本一達成 | トップページ | 【経営】指導者研究『落合監督』(その4)〜世紀の決断の評価 »

指導者研究」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【経営】指導者研究『落合監督』(その2)〜悲願の日本一達成 | トップページ | 【経営】指導者研究『落合監督』(その4)〜世紀の決断の評価 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト

オンライン状態

無料ブログはココログ