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2007年12月28日 (金)

【音楽】友情という名の交響曲

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 今日12月28日は私ダイブツ君の誕生日。今年でちょうど満45歳になった。1962(昭和37)年12月28日午後3時半ごろに愛知県名古屋市で生を受けた。身長51cm、体重3240gの標準より少し大きめの赤ちゃんだった。

 年末の押し迫った時に生まれたのは、母が年末の大掃除で庭の草むしりをしていたときに突然産気づいたためだ。ゆっくりベッドにでも寝ていたら、ひょっとしたら人生変わっていたかもしれない。

 寅年生まれで山羊座のA型。占いによれば典型的な芸術家肌で繊細で神経質な性格だそうだ。私を知る人からすれば、『どこが繊細なんだ!!!』と大声でクレームが出そうだが、仕事を一緒にした事のある人間は強く同感してくれる。

 生まれたのが年末の慌しい時期でもあり、大体クリスマスと一緒にお祝いしてくれるわけで、毎年一つケーキを食べ損ねたと子供の時は悔しい想いをしていた。

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 私のクラシック音楽好きは子供のころから始まった。小学校6年生のときに父がカラヤンの10枚組みのレコードを買ってくれたのがきっかけだった。当時はまだステレオは高価なものでレコードプレーヤーで擦り切れるまで聞いた。お陰で中学、高校と音楽鑑賞のテストでは抜群の成績だった。何しろ趣味がテストに出るのだから当たり前だったが。

 今日のお話はこの私のクラシック好きがご縁で行ったあるインターネットを地域の活性化につなげるというプロジェクトのお話だ。それは日本における第9の初演にちなんだプロジェクトで徳島県の鳴門市を舞台にしたものだ。今からちょうど12年前の1995年のことだ。

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 さて突然で恐縮だが、毎年年末になるとベートーベンの交響曲第9番『合唱』、略して第9が決まって演奏されるのは何故だかご存知だろうか?また日本で最初の第9の初演は一体どこで誰が行ったものだろうか?

 クラシックファンの方々は良くご存知だと思うし、松平健主演の『バルトの楽園』という映画が、2006年6月17日に公開されてから多くの一般の方々もよく知られるようになったお話である。http://www.bart-movie.jp/

  物語のあらすじはこうである。第一次世界大戦直後の徳島県鳴門市にドイツ人兵士の捕虜収容施設があった。ここの責任者を松平健が扮していたのだが、この人物が大変器量の大きなスケールの大きな人物で、『他国の捕虜であっても同じ人間には違いないのだ。だから鎖に縛ったり、重労働をさせるべきではない。』という考えから、この施設の中では原則まったく自由に活動を認めたのであった。

 当時のドイツは大変進んだ技術を持っていて、印刷、ガラス工芸、酒造(ビール)、また進んだ農機具などを持っていた。さらにボーリング場や球技施設、音楽鑑賞用のホールとここが捕虜収容施設かと思わせるような立派な施設が立ち並び捕虜たちは自由な雰囲気を楽しんだ。

 坂東と呼ばれるこの地は四国のお遍路さんで有名な第1番札所の霊山寺があることでも有名だ。気候は温暖で人々はお遍路さんへの接待で長年よその人にも大変親切で分け隔てすることはなかった。

 そうした土地柄のせいもあり、やがてここの捕虜たちと地元の人たちの交流が始まったのである。一緒に遊んだり、さまざまな技術を学んだり。彼らの友情は国境を超え、当時敵対していた国同士を越えて確かで強い友情が芽生えたのであった。

 やがて彼らは自分たちのことを『バンドー人』と呼ぶほどまでに強い絆で結ばれていくのであった。そして自由な活動を認められていたドイツ兵の捕虜たちは楽団を作り、オーケストラの演奏を始めたのである。

 やがて戦争も終結に近づき彼らドイツの捕虜たちが坂東の地を出立するときが近づいた。お世話になった坂東の人たちに何か恩返しをしようと誰からともなくベートーベンの第9を考えた。男性しか居ない施設では女性のパートを男性用に書き換え、来る日も来る日も練習に明け暮れた。

Photo_3 そして一番札所霊山寺で日本で最初の第9のコンサートがドイツの捕虜たちの手で演奏された。当時日本では西洋の楽器は高価なため彼らの手作りで作られたものもあった。中には素人同然の楽団員も居たが、お世話になった坂東の人たちのためにすばらしい演奏をしたい一心で心を一つにあわせ、すばらしい演奏を披露した。そしてバンドーの町中の人たちも彼らと心を一つにし、文字通りこころの『シンフォニー』を演じたのであった。

  国境を超えた彼らの友情。音楽を通して一つになった彼らの心。演奏が進むにつれ、懐かしい友情の思い出がみんなのまぶたに思い出され、人々の目には大粒の涙が流れ落ちた。

  そしてクライマックス。全員での合唱はピークに達した。そして割れんばかりの拍手。そこにはもはや民族も国境も言葉も彼らを隔てる壁は何もなかった。音楽を通じて一つになった。

 この年の年末。まさに今の時期である。ドイツの捕虜たちは懐かしいバンドーの思い出を胸に故郷へ帰っていった。勿論港にはバンドー人すべてが涙を流して見送った。

  実はこの曲を作ったベートーベンは特別な思いでこの作品を仕上げた。晩年、作曲家として一番大事な耳が聞こえなくなって苦痛のどん底にいたベートーベン。ハイリゲンシュタットで遺書まで書いた彼を思いとどまらせたのは森の中で歩いていたときに聞いた神の声、天の声だった。
  そして地獄の底からよみがえった彼は、人間の可能性の深さ、音楽の喜び、生命の偉大さを交響曲に合唱をかぶせるという当時誰も考え付かなかった手法でこの曲を作った。シラーの詩も彼の気持ちが乗り移ったように響き渡るのだ。

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  私はこの日本での第9の初演の話を高校生のときにあるクラシックの専門誌で読んで知っていた。まさか自分がこのお話に深くかかわるとは当時は思いもよらなかった。

  ところが偶然ある知り合いからこの鳴門の一番札所霊山寺の副住職である芳村秀全さんを紹介された。1200年以上続く、真言密教の由緒あるお寺のお坊さんである。彼は早稲田大学の同級生でもあった。

 ご縁とは異なものである。その年商用化が始まったばかりのインターネット。彼はお坊さんでありながら、地元のために何か役に立ちたいとプロバイダーを始めた。私は技術と経営支援ということでお手伝いすることになった。

 当時芳村さんは徳島市内で英会話学校もやっていて、何人もの外国人の先生もこのプロジェクトに参加してくれた。

  しかし当時はまだ出始めで誰も知らないインターネット。はっきり言って見向きもしてもらえなかった。担当の営業マンが伺っても何のことやらさっぱり分からず追い返される毎日が続いた。

 初めて半年。当初の資金もどんどんと底をつき始め、何とかしないとまずいという空気がみんなの中に蔓延してきた。

 当時私たち東京や大阪から応援に来ていたスタッフは全員、霊山寺に寝泊りしていた。かの弘法大師が四国八十八箇所めぐりを夢の中でみたという同じ場所だ。

 私自身、それまで長く松下電器グループの中で仕事をしてきていたが、これが始めてそれ以外での大きな仕事だった。 当然コンサルタントとしては焦りがあった。

 弘法大師が悟ったぐらいなので、霊山寺は強烈なパワースポットなのだろう。実はそのとき夢の中であることを閃いたのだった。それはこの地方が世界に最も誇れるものを全世界に向けて発信しよう。それも様々な言語で。

 鳴門にはこの第9の初演を記念してドイツ館という記念館があった。当時カラヤンがこの話しを聞いてわざわざ直筆で親書を送ったという記念館だ。当時のバンドー人たちの記念の品や第9の演奏を自動演奏する人形が飾れていた。かなりのレベルだった。

 『そうだ。これだ。』 何か閃くとすぐに行動に移す私は早速レポート用紙10枚ぐらいにこのお話をまとめた。それも世界の子供向けの童話にしよう。そして彼らへのクリスマスプレゼントにしよう!

  その年は丁度戦後50年に当たる年だった。かねてから私は何らかの形で世界平和に貢献できる仕事がしたいと思っていた。

 早速私は東京に電話をして電通に勤めていた経験があり、センスは抜群の阪原淳さんが仕事を放り出して駆けつけてくれた。彼はカンヌ映画祭短編の部でグランプリも取っている。彼が獅子奮迅の活躍をしてくれた。彼は他人のいい所をいち早く見抜き、元気づけ導いてくれる『最高の応援団』だ。

  また芳村さんが始めたマンダラネットという会社の共同経営者だった立石聡さん。現在は全国のインターネットの協議会で理事を務めている。彼女の妹さんもスタッフとして活躍してくれた。エンジニアとして支援してくれた池田武さん。彼は松下グループの国際ネットワークを一手に引き受ける驚異のエンジニア。その顔の広さで片っ端から人脈を広げてくれた、チャーミングな笑顔がトレードマークの現在、衆議院議員の関芳弘さん。

  世界10ヶ国語に翻訳するという大仕事をやってくれた現在、世界でも珍しい100ヶ国語近い多言語翻訳を手がける翻訳会社、WIPを経営する上田輝彦さん、福島良雄さん、日高宏さんと彼の優秀な世界中の仲間たち。そしてアメリカ人でありながら何度もお遍路さんをしているドン先生。彼とはプロジェクト全体のコンセプトを何度も夜遅くまで議論した。

  挿絵を担当してくれたカナダ人で画家のネイ先生。そして彼の発案で地元の坂東小学校の小学生が大勢挿絵を描いてくれた。ネイ先生が学校まで行ってお話をして一人一枚づつかわいらしい挿絵を描いてくれた。

  また世界中にファックスを送り、ありとあらゆるマスコミに宣伝してくれた。各国からこのプロジェクトの趣旨に賛同しすべてボランティアで参加してくれたのだ。私がうれしかったのはそれまで顔すら見たこともなかった人たちが、世界の子供たちにこの心温まる感動の物語を伝えてあげたい想いからだった。最終的に15カ国80人の人間がほぼ2週間の間にプロジェクトを成功させてくれた。

 NHKも朝昼晩と放送してくれた。夜は7分も特別枠で放送してくれた。朝日新聞も読売新聞も夕刊の一番目立つところで大きく取り扱ってくれた。各国のマスコミもたくさん取り上げてくれた。

 プロジェクト終了後、ユニセフからはファックスで芳村さんのところに感謝状が届いた。

 実は私はといえばこのアイデアを企画書にまとめあげ、世界中の自分の知っている知り合いに連絡し説得を重ね、レポート用紙10枚の原作を書き上げ、周りのメンバーに『何日も寝てないから少し寝るわ』と言い残して深い眠りに入り半日以上眠りこけていたのだった。

  気がつくと私が苦労して書いた原作はズタズタに短くされ、レポート用紙2枚ほどになっていた。しかも阪原さんが壁中にポストイットで連絡先を次々にチェックしていき、立石さんが各国からの翻訳データをWeb作業に落とし、大阪でがんばってくれていた上田さん、福島さん、日高さんたちは世界中のスタッフと連絡をとり、次々に翻訳されたデータを集めてくれた。

  なにか言いだしっぺの私の手を離れ、みなが進んでやっている姿が目の前にあった。正直目頭が熱くなった。

  元はといえば地域の発展に貢献したいという芳村さんの熱い情熱が発端だった。彼とはコンサルタントとクライアントを離れ、同じ大学の腐れ縁という感じだった。それが弘法大師が四国巡礼八十八ヶ所を閃いた霊山寺で私も同じように何かに突き動かされながら、手がけたプロジェクトだった。

  気づけば何か私は何も楽器の演奏はしない指揮者のようでもあった。世界中のスタッフ、関係者みんなが奏でるチームワークはまさにこのバンドーの物語と同じだと思った。

  あれから干支は一回りした。毎年この時期になり第9の演奏を聴くとかつてのことが懐かしく思い出される。少し頼りない指揮者だったときの思い出が。。。

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<<友情という名の交響曲(シンフォニー)
                  関連リンクページ>>

≪プロジェクト作品≫

【『友情という名の交響曲(シンフォニー)』
       ホームページ(10ヶ国語翻訳)】http://kids.gakken.co.jp/kidsnet/world/library/story.htm

≪マスコミ掲載ニューズ・記事≫

【NHKニュース】http://www.newport.jp/jp/case/publicity/06.html

【朝日新聞、読売新聞記事】http://www.newport.jp/jp/case/publicity/07.html

【ITによる地域活性化~徳島県マンダラネットの事例】
http://www.newport.jp/jp/case/publicity/13.html



≪関連施設・組織≫

【ドイツ館ホームページ】
http://www.city.naruto.tokushima.jp/germanhouse/

【四国八十八ヶ所第一番札所 霊山寺】
http://upload.wikimedia.org/fundraising/2007/people-meter-ltr.png

【マンダラネット(現在)のトップページ】
http://www1.mandala.ne.jp/mandala/index.html

【多言語翻訳のエキスパート WIP】
http://japan.wipgroup.com/

【衆議院議員 関芳弘ホームページ】
http://www.3ku-seki.com/

【国際マーケティング・ディレクター 阪原淳ホームページ】
http://teamoscar.cocolog-nifty.com/teamoscar/

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