« 【文化】東京でもあった『末広がり伝説』〜大笑いだった『8』 | トップページ | 【教育】千住三兄弟のご家族紹介 »

2008年1月25日 (金)

【教育】昔、千住真理子の追っかけ(?)でした。(笑)

 まだ高校一年生(15才)だった頃の話である。同じクラスで後ろの席に座っていた親友が私と同じクラシック音楽のファンだった。

【教育】昔、千住真理子の追っか

 実は私と彼は偶然同じテレビ番組を見て次の日の朝、二人で興奮して大騒ぎしたのを今でも覚えている。


★★★★★★★★★★

『おい、昨日見たか?』

『おー、見た見た。千住真理子って可愛いよな。』

『絶対俺ファンになるからな。』

『俺も俺も』


★★★★★★★★★★


と二人は完全に意気投合したのだった。

 当時、今から30年近く前のクラシック音楽といえば一部のマニアかお金持ちのステイタスくらいなものではっきり言ってネクラの趣味だった。

 今日『のだめカンタービレ』がテレビで流行ったり、平原綾香のジュピター(ホルストの『惑星』のカバー)がヒットチャートの上位に来るとかなどは想像すら出来ない暗黒の時代だった。

 バイオリニストの高嶋ちさ子がバラエティー番組に出まくったり、テノール歌手の秋川雅史の「千の風になって」がミリオンセラーになるなどは夢のまた夢。奇跡以外の何物でもない。そんな時代だった。

 ましてお金がない高校生の私としては、おこづかいを貯めて毎月一枚づつ当時まだ出始めの廉価版のレコードを手に入れるのが楽しみだった。

 『来月はあれにしよう。今度はこれにしよう。』と胸をワクワクさせながら、一枚づつコレクションをしていった。

 時折しもピンクレディが大ブームの時だった。男子校だったので休みの時間はいつもミーちゃん、ケイちゃんの話題ばかり。

 それもそれで良かったのだが、我々二人は内心面白くなかった。

【教育】昔、千住真理子の追っか
 そんな時わたしたちの前に現れたのが『千住真理子』という華麗な『クラシック音楽界のアイドル』にして天使、天才美少女バイオリニストだったのである。

 実に衝撃的だった。1962年生まれと歳も全く同じだった。進学校にいた我々にとって、『慶應義塾大学文学部』というのもあこがれだった。

 壇ふみや紺野美沙子も同じ慶応の文学部で美人にして才媛のイメージがあった。

 当時クラシックの番組と言えば毎週日曜日の朝やっている『題名のない音楽会』くらいだった。

 しかし千住真理子(呼び捨てにしてすいません)の場合、天才美少女バイオリニストとして一般の番組にも時々出演する。

 私と親友の二人は、その日から千住真理子の強烈な追っかけになっていた。

 休み時間も『千住真理子』の話題ばかりだった。当然クラスの中で、二人だけ浮いていた。

 『おい宇佐美、お前ミーちゃんかケイちゃんかどっちなんだよ?』とあの頃何百回も同じ質問をされた。

 『ミイちゃんだろ。』と答えておいて、後で二人で『でもヤッパリ千住真理子だよな。』と強く頷きあっていたのである。


★★★★★★★★★★


 私のような往年のファンからすれば、最近は千住3兄弟の末娘などという不謹慎極まりない紹介のされ方が多いが、私と同い年ということで、もはやクラシック界のアイドルとは呼べず少し悲しい気がする。


 今年の年明け早々からいくつものテレビ番組で千住3兄弟の特集があり、久しぶりにかつての憧れの千住真理子をたっぷりとみることができた。

 大変素晴らしいご両親のもとに育ったそうだが、その辺の話しは次回のブログ記事に譲ることにする。


【千住真理子プロフィール】こちらをどうぞ!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

※【改革支援サービス一覧】皆様の改革のお役にたちます

【出前講演会】『改革請負人が語る 我が師松下幸之助』

« 【文化】東京でもあった『末広がり伝説』〜大笑いだった『8』 | トップページ | 【教育】千住三兄弟のご家族紹介 »

教育・人材育成」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【文化】東京でもあった『末広がり伝説』〜大笑いだった『8』 | トップページ | 【教育】千住三兄弟のご家族紹介 »

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト

オンライン状態

無料ブログはココログ