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2008年2月

2008年2月29日 (金)

【経営】指導者研究『鈴木清一』(その1)〜ダスキン創業物語

 中国製の毒入冷凍餃子の影響で食の安全がもう一度真剣に見直されている。

 思えば最近は赤福、船場吉兆、日本ハム、古くは不二家、雪印とここのところ老舗と呼ばれる会社の不祥事が後を絶たない。

 厳しいノルマに追われる現場と創業以来の伝統や経営理念の狭間で追い込まれて、やむにやまれず起こしてしまったのだろうが、随分後味が悪い。

 二度と起きない『仕組み』の構築と同時に、働いている各自がもう一度、経営の原点に立ち返る必要があるだろう。

 かつて私が取り組んだ松下電器の全社改革も創業者がなくなって時間がたち、経営理念が形骸化したものをいかに立て直すかが一大テーマであった。

 その意味では、日本中がもう一度経営の原点に立ち返る必要があると言えよう。

 今回指導者研究で取り上げるのは、かつてテレビのコマーシャルの金さん銀さんで話題になったダスキンの創業者である、鈴木清一さんである。

 おそらく経営理念や経営の原点を考える上で、この方ほど相応しい経営者は他にないだろう。

 ダスキンが経営するミスタードーナツ自体が、この経営の原点を忘れ、ここのところ何度も食に関する不祥事を起こしているだけに、創業者の理念を振り返ることはダスキン自体にも大きな意味があることだろう。

 実は松下幸之助の若いときの講演で『業即信仰』というものがある。下記のアドレスから実際の幸之助さんの貴重な肉声がお楽しみ頂けるので、まずはお聞きいただこう。

松下幸之助さんの肉声はこちらから→【業即信仰】(『商いのこころ』より)

 いかがだっただろうか?実はダスキンの鈴木清一さんはこの【業即信仰】という言葉を、『祈りの経営』と称して、正に現実の経営の舞台で実際に実行した稀有な人物なのである。

 その証拠に今でもダスキンは誰もが知る有名企業でありながら、毎日会社で祭壇に向かってお祈りが行われる。

 さらにまた、従業員のことは『働きさん』。お給料のことは『お下がり』、ボーナスのことを『ご供養』と社内では真顔で呼ぶ。

 こんなユニークな会社は滅多にお目にかかれないだろう。

鈴木清一ダスキンの創業の地に立つ記念碑

 まずはダスキン創業者、鈴木清一さんがどんな方なのか簡単にプロフィールを見てみることにしよう。

━━━【鈴木清一プロフィール】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Photo写真:ダスキン創業者鈴木清一氏 1911(明治44)年、愛知県碧南市に生まれる。東京・中央商業学校を卒業後、川原商店に入社。肋膜を患い養母の愛情に救われてからその影響で金光教に入信。1938年、一燈園に身を投じ托鉢求道の生活に入る。1944年、ケントク創立。以後「道と経済の合一」を願う祈りの経営について生涯を通じて追求する。1963年、ダスキン創業。フランチャイズシステムによって画期的な流通組織を確立、おそうじ用具のレンタル事業を全国展開する。1971年、ミスタードーナツ事業の導入をはじめとする多角化によって、わが国初の複合フランチャイズ企業の道を開き、ダスキン企業集団を率いた。1980年、68歳で死去。

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 実は今回鈴木清一さんを取り上げるに至ったのは、奇妙なご縁があった。

(1)ダスキンの本社は私の事務所から徒歩3分で、ともに大阪府吹田市の江坂にあること。

ダスキン本社ビルダスキン本社ビル

(2)私も鈴木清一さんも同じ愛知県出身の同郷である。

(3)ダスキンの創業が1963(昭和38)年2月4日であり、私の誕生日1962年12月28日とほぼ2ヶ月違いなこと。→今年で満45才です。

鈴木清一ダスキンの創業の地に立つ記念塔

(4)私の師匠である松下幸之助も鈴木清一さんと同様、若いときに結核で死ぬ寸前まで行きながら、命拾いして元気になった強運の持ち主であること。

(5)松下もダスキンもともに『世のため人のため』という強固な創業者、経営理念に支えられている。

(6)松下幸之助も松下教と揶揄されるほど宗教色が強かったが鈴木清一さんのダスキンも負けず劣らず宗教色が極めて強いこと。

以上のように不思議に共通点が多かった。それがある場所で偶然鈴木清一さんのビデオを何本も観ることが出来、それ以来すっかりとファンになってしまった。
 本日からしばらくの間この鈴木清一さんの特集をお送りしたいと思います。乞うご期待!

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2008年2月11日 (月)

【教育】一休さんのとんち寺〜知る人ぞ知る受験の守り神〜

 世は受験シーズン真っ最中である。私も思い出があるが正直大変だった。受かるかどうかという不安のなかで大変な闘いだった。

 当の本人もさることながら親御さんやご家族はもっと大変だろう。家族の中に一人受験生がいるとそれはもう気の使い方は半端ではない。

 もの音をたてるのも憚られる。『すべる』、『おちる』などという言葉も厳禁だった。

 それほど受験というのは本人だけでなく家族中が大変な思いをして過ごすものである。

 神社でお百度をふんだり、お守りを買ったりとこのときばかりは『神頼み』したくなるのも頷ける。

 一般に受験の神様といえば、菅原道真公をお祀りした『天神様』や『天満宮』が大変有名である。

お守り一休寺のお守り

 しかし今日皆さんにご紹介するのは、まだ全国的には有名ではないが、受験には大変ご利益があるという知る人ぞ知る守り神である。まだ知っている人が少ない分ご利益は絶大かもしれない。

 ここは通称『一休寺』として親しまれているが、正式には酬恩庵と呼ばれる。

 この酬恩庵は康正2年1456年に荒廃していた妙勝寺を一休が再興したものである。

お寺の石碑

 一休寺は、京都市から少し南にある京田辺市にある。交通手段としては、JRの京田辺駅からタクシーで15〜20分くらいのところにある。

 一休さんがこの酬恩庵に住まわれたのは、室町時代中ごろの、1456年(康正2年)の、63才のころだった。

 そして、同じく室町時代の1481年(文明13年)11月21日、88才で亡くなられるまでの25年間住んでいたことになる。

紅葉の参道紅葉の参道

 京都の紅葉の名所と言えば、嵐山、東福寺、大原三千院などが有名であるが、ここ一休寺も隠れた紅葉の名所として知られる。毎年11月下旬が見頃を向かえる。

紅葉のお庭紅葉のお庭

 『一休さん』といえば、かつてテレビで東映アニメーションとして大変な人気だった。

アニメ一休さん

 『一休さん』はもともと小松天皇の皇子である千菊丸。母と別れて安国寺の小僧、一休として修行の道に入った。

 毎朝日の出前に叩き起こされ、厳しい修行に泣きべそをかき、お母さんが恋しくても、夕焼けの空に「母上様」と呼んでみるしか出来なかった。

 テレビアニメはそんな一休さんが毎回おこる無理難題にとんちで答えを出すというものだった。

 放送当時まだ中学生くらいだっただろうか?今度は一休さんはどんなとんちで問題を解決するのか……?大変楽しみに見ていたものだ。

 このアニメは、1975年10月15日から1982年6月28日まで全296話に渡り放送された長編シリーズ。

一休写真禅僧一休宗純

禅僧一休宗純の子供時代をモチーフにしており、桔梗屋や将軍様が繰り広げる珍騒動をコミカルに描いている。

一休さん

 とんちを働かせる時に、あぐらをかき、指で側頭部に2回円を描いてから座禅を組み、木魚の音をバックに考えるシーンが印象的だった。

 さてお亡くなりになるまでの約25年間、一休寺は晩年の住み寺となったこの酬恩庵一休寺。

 ちなみに有名な大徳寺納豆はもとはこのお寺で作られたものである。

 このお寺で亡くなられた一休さん。お墓は「慈揚塔」と呼ばれ、今は宮内庁が御廟所として管理している。そのため残念だが、門から中に入ってのお詣りは出来ない。

 山門をくぐり入場券売り場を過ぎるとすぐ右手に見えてくる。皇室のお墓だけあって菊の御紋が門の表に飾られている。

皇室の霊廟一休さんのお墓

 ご本尊の一休さんは大変立派で神々しい。長年の修行の末に到達したお姿なのだろう。

ご本尊

 このお寺は京都市内からもかなり離れているので完全な穴場になっている。こじんまりとまとまっているが、中には資料館もあり割りに見ごたえもある。

 一休さんは書の達人としても有名であり、資料館の中には一休さん直筆の書も数多く展示されている。

お茶

 静かな境内の中ではお抹茶のおもてなしもある。都会の雑踏から離れ心を落ち着けるには素晴らしい場所である。

※お問合せ一休寺まで

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2008年2月10日 (日)

【教育】本物の教育の勧め〜学習学とは何か?

 先日昨年亡くなった義父の法事に出席したときのことだ。

 来年小学校に上がる小さな子供にこう尋ねた。『来年から小学校だね。今から楽しみだね?』と。

 するとこの子は少し嫌そうな顔をしてこう答えたのである。『いやだよ。学校なんて。』と嫌なこと我慢しなけらゃいけないんでしょと言わんばかりだった。
 2008年2月8日付、英国各紙は、ケンブリッジ大学のロビン・アレクサンダー教授らがまとめた調査結果を報じた。

 調査は日本やフランスなど22ヵ国の子供たちを対象に行われた。

 英国ではなんと4歳から公共の教育が始まる。日本の場合、義務教育の開始は7歳か8歳なので3年も早いのだ。

 あまり早いと豊かな子供の情操が育たないだろうと危惧されるわけだが、事実この調査によると11歳までの英国の児童の成績は他の国より劣ると言われる。

 教授らのレポートによれば『早期教育が子供の後の成功にとって有益という仮説は裏付けられなかった』と結論づけている。

 この報告書では、幼いころから勉強を強制されることで『学習意欲を失うマイナス効果が考えられる』と指摘している。

 『勉(つと)めて』、『強(し)いる』と書いて『勉強』と読むように、とかく管理がゆきゆぎた学校教育は過度の競争と子供を画一的な枠に嵌め込む点で、明らかに子供の才能の芽をつんでしまう。

 教育問題がマスコミで騒がれて久しい。テレビの金八先生を初めて、多くの教育ドラマが作られた。

 しかし問題点の指摘はあっても、こうしたらいいという具体的な内容は全く示されて来なかった。

 しかしこれに対して、具体的な解決策を表したのが

本間正人さん(ラーノロジー代表 松下政経塾三期生)の提唱する『学習学』なのだ。

 以下は彼のホームページからの引用である。

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【学習学とは?】

「人生から学び、人として成長する・・・」 それが学習学の理念です。

 人が、人生の中で学習することは、様々な側面を持っています。古来、教育の目標として「徳・知・体」の健全な発達が掲げられてきましたが、学校教育の現場では、知育に偏った取り組みが多くみられてきました。

 もちろん、言語、論理、計算、記憶など「知」の分野の発達も大切ですが、「感性」を含めて「徳・知・体・感」のバランスのとれた成長が大切です。

 ここでいう「徳」とは、「特定の価値観を押しつけること」ではなく、コミュニケーション能力を高め、自己理解と他者理解を深め、協力関係を築いていく力などを指します。また「体」には「走る、跳ぶ、手先が器用、身体がしなやか、持久力、リズム感、健康管理」などの「ちから」が含まれます。

 そして「感」は、「外部環境からの刺激を、直接、五感を通じて受け取る」という「生命としての根本的な機能」であり、さまざまな芸術や音楽として表現し、自然との一体感を味わう、といった「ちから」を含みます。

 学習は「生きるエネルギー」が外に向かって発揮されること。ところが、外から「勉強しろ」と強制されすぎると、内側からの自然な学習意欲が減退してしまいます。学習学は、人が本来持っている学習力を活かして、自ら成長していくように、側面からサポートする発想に立ちます。

 学習とは「外部環境を認識し、環境に自らを適合させ、可能性を開花させる」一連の営みをさします。

 そもそも「学習」とは「外部環境を認識し、環境に自らを適合させ、可能性を開花させる」一連の営みを指します。それは、人間だけでなく、生物に本来備わった「生命の根本的なプログラム」と言えるでしょう。

 ただ、人間は、言語を持ち、コミュニケーションを磨いて「お互いに学び合う」技術を、飛躍的に発展させました。そして、それにより、地球上で他の動物を圧倒するほどの高度な文明を築くことができたと言えるでしょう。

 個人も、組織も、国家も、成功の陰には、「学習」があります。

 そして、人類にとって、最大のフロンティアは、人間の内側にあります。

 学習学は、人の持つ無限の可能性をひらくための学問であると言えるでしょう。

 学習学は、「人間にとってのあらゆる学習」に共通する考え方、学習を促す手法を探求し、具体的な方法論を提案していきます。

 人が学習する領域はきわめて広い訳ですが、「人間にとってのあらゆる学習」に共通する効果的な学び方や原則があると考えられます。たとえば「個人が持っている経験を活かす」とか「一人ひとりの学習スタイルに合った学び方をする」、「その人にとってベストの学習方法は色々試した後に事後的にわかる」などは、どんな学びについても、あてはまる原則と言えるでしょう。

 また学習の基本は、自ら発意して行なう自己学習ですが、自分一人だけで学ぼうとすると、つまずいたり、枠を越えられなかったりする場合があります。そこで、指導者の役割が重要になります。

 従来の「教育学」では、教師(ティーチャー)が、知識を教える活動が主でしたが、「学習学」では中心的な役割は学習者自身が担います。その上で、1対1で指導する「コーチ」や、集合学習の場を整え、学び合いを活性化する「ファシリテーター」が、側面から学習を促進する形になります。

 「学習学」は、さまざまな学習に通じる具体的な方法論を提案していきます。
「教育」と「学習」とは、ベクトルの向きが逆です。「教育」は「外から内への働きかけ」、「学習」は「内から外への働きかけ」なのです。「教育学」と「学習学」のアプローチの違いをまとめてみましょう。

 これまでの教育学のアプローチは、社会の変化のスピードが緩やかで、未来が予測可能な時代には有効なものでした。「正しい知識」「正しい解答」が決まっていて、個人の能力を試験によって評価する手法は、既成の知識の体系を効率良く身につけていくためには合理的だったと言えるでしょう。

 ところが、外部環境の変化が急速に起こり、日々、新しい状況を認識し、機敏に対応していかなければならない、現代社会においては、自ら目標を持ち、自ら問いを発し、自ら行動を通じて体験的に学び、総合的に成長していくアプローチが求められます。

 与えられた試験で高得点を取る能力も大切ですが、むしろ、一人ひとりが出題者になって、自らの人生の中で答えを探究していく方が、個人の成長、社会の発展、そして、人類の進化につながるのではないでしょうか?

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【教育】我が子を天才に育てるコツ〜落合博満の名著「コーチング」

 かつて植木職人の名人と呼ばれる方のお話を聞いたことがある。

 このお話が我々人材育成や教育に携わる人間にとって大変興味深い。

 『植木というのは植えてから二年間は水をやったり、肥料をやったりと手をかけて育てます。』と。

 さらに続けてその本質を説いている。『二年経ったら、あとは全く手をかけることがなくなる。

 本来植木は自分自身で成長していく力をもっている。だからこちらがやることは‘見守る’こと。この愛情を持って暖かく見守ることが一番大事なことです。』と。

 さる2008年2月3日のブログ記事はもうお読みになっただろうか?幸田ヘンリー著の『天才エジソンの秘密 母が教えた7つのルール』について書いた訳だが、その中に天才を育てるための7つのポイントを書き記した。

 その中に『●ルール1 無条件の愛で包む』というものがあったが、これなどはまさに『子供を暖かく見守る』ということに深く通じている。

 そしてこの見守る、すなわちしっかりと観察し、そして困った時にはいつでも相談にのれるようにいつでも準備していてあげる。

 落合監督はこのことを誰よりも知っている。天才は天才を知り、また天才を育てる方法も心得ているのだ。

 『プロに入ってくるぐらいの選手になれば皆、基本的に素晴らしい素質をもっていて当たり前。

 あとは教えるこちら側の問題。才能を伸ばすも、つぶすも周りの指導者次第なのだ。』と落合監督は語っている。

 また彼自身が自分が受けた指導の中でも鉄腕とおそれたれ先日お亡くなりになられた、稲尾和久氏に心服しているのだ。

 彼はロッテ時代から面倒を見てもらっていた稲尾和久を師と仰いでおり、唯一彼が無条件で従う人物といわれる。

 落合監督が現役時代、室内練習場で長時間にわたるバッティング練習を終えたところ、落合の指が感覚を失い、バットから離れなくなってしまう事態になった。

 その時、物陰から姿を現し、指をゆっくりとバットから離してあげた人物が稲尾だった。稲尾は落合の練習をずっと見守っていたのである。落合の稲尾への私淑はこのときがきっかけだという。

 このことは、日本におけるコーチングの第一人者として知られる本間正人さんが提唱する最新の教育理論『学習学』(Learnology)の基本理念にあい通じる。

 つまり子供は本来自ら学びたい、成長したいという可能性と基本的な欲求がある。そこで型にはめる、ただそれだけでなく、こうした本人の可能性を伸ばしてあげるのが本来の教育であると。

 この教育の本質について書かれた落合監督の名著がある。私も指導者教育の必読図書として活用させていただいているのが下記の本である。

 この本は極めて痛快な本である。なぜなら普通のビジネス書と異なり、落合監督が自らの経験をつづったものなのだ。

 だから普通のビジネス書ならば『こうこう、こう育てなさい。』と言うところを逆に『手を加えてはダメだ。』と全く反対のことが書かれているのだ。

 さらに我々に馴染みの深いプロ野球の事例ばかりで大変分かりやすいのである。

 いずれにせよ、天才落合が綴った教育論の決定番。皆さんもじっくりその本質を味わって頂きたい。

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■『コーチング―言葉と信念の魔術』 落合博満 著(ダイヤモンド社):出版年2001年8月、ISBN 4-478-72021-5、価格1500円
落合博満〜コーチング

【目次】
はじめに〜三冠王を育てた“見ているだけ”のコーチング

第一章 教えるのではなく学ばせる
〜押し付けない。ヒントを与える。「自分で育つ」ためのコーチング

第二章 指導者とは何か
〜成果主義時代の今まさに必要とされる真のコーチ像

第三章 選手(部下)をダメにする選手言葉の悪送球

〜上司失格。若き才能や可能性の芽をつむ禁句集


第四章 組織の中で「自分」を生かす術
〜三冠王はこうして生まれた。結果を出し自分を高める方法

第五章 勝ち続けるために自分自身を鍛えろ!
〜仕事のプロとしての自覚と自信を手に入れるための「思考」


【出版社/著者からの内容紹介】
野球好きなら誰もが知っている名打者、落合博満によるコーチングの本。落合自身が初めて受けたコーチングの経験や自分が教えた経験をもとに、人を育て、伸ばすための心得やコツを説いている。
落合というと、とかく個人主義的なイメージばかりが強調されがちだが、実は現役時代の落合は、投手がピンチに陥ればすかさずアドバイスをしにマウンドに駆け寄ったり、同じチームの打者がスランプに陥っていれば相談に乗ったりと、コーチあるいは兄貴分としても重要な働きをしていた。結果、「落合効果」という言葉が生まれたほどだ。
本書では、その落合の名コーチとしての側面を垣間見ることができる。あくまで個を伸ばすことに主眼を置き、裏方に徹する姿勢や、短所を指摘するのではなく長所を伸ばすことに注力する方針、手取り足取りのやり方を否定し、選手の自助努力を促す姿勢などにマネジャーが学ぶことは多いだろう。
 また、個人が組織の中でいかにして付加価値を高め、能力を発揮していくべきかという点にも言及している。チームを何度も優勝に導き、自らも2年連続三冠王をはじめとする偉業を成し遂げた落合だけに、その言葉には説得力がある。
成果主義、雇用流動化の時代には、これまでのようなトップダウン式の教育・指導方法は通用しない。 本書は、現在注目を集めるコーチングの基本を説いた本として、「部下から質問されるまでは、じっと忍耐。部下自身が体でつかみ取るのを待つ。自分で考える事のできる人に育てる。」など、また上司と部下双方の視点を示した本として、意義のある1冊である。(土井英司)

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2008年2月 9日 (土)

【教育】失敗から学ぶことの大切さ〜落合監督の場合

 昨年末、中日ドラゴンズ落合監督の指導者研究の特集を行った。随分色々な所からお声を頂戴した。

 『よくあそこまで事実を調べあげられましたね。』とか、『ブログのコーナーでは重すぎる。もう少し違う発表の仕方はないのか?』、『文章が長すぎて情報量が多い。』、『読みごたえがあった。さすがプロは違うと感じさせてくれた。』等々である。

 本来ならもう少し膨らませて、一冊の本にするのがいいかもしれないが、ならばネットの魅力は後退してしまう。

 サイトのコーナーの中に入れると例えリンクを張ってあっても読む人はぐっと減ってしまう。

 先日も大学時代の知り合いから『ブログの横幅をもう少し広くして欲しい』という要望があったが、『こればかりは富士通のニフティーのシステムを借りているのですいません。』と応える他なかった。

 ただいずれにしても、昨年の5月にこのブログを立ち上げ、7月からメルマガの準備を始め、9月からメルマガを開始。

 このブログと連動する形で、毎月一回メルマガを送っているが、お陰様で現在登録会員が、松下政経塾出身者を始め、私が直接お会いして名刺を頂いた方々を中心に1200名(2008年1月20日現在)に達した。

 私の直接の関係者が多いため、特に政界、財界など各界の若い指導者が多いことも大変力強い。

 また今回のように反響が大変大きく色々なお声を頂くようになったことも大変感謝している。

 この場をお借りして、読者の皆さん、関係者の皆さんに深くお礼を申し上げる次第である。

 さて前置きが長くなったが、今回の落合監督特集で
 なかでも一番多かったのが、『結局、落合監督の指導者として一番凄いところはどこかのか?』という疑問だった。

 これに対し私の答えは明快だ。『落合監督の最も優れた点、それは失敗から学ぶ能力がある。』というところだろう。

 彼が2004年に中日ドラゴンズの監督に就任してから四年間。リーグ優勝二度、日本一に一度輝いているが、彼はこの間常に進化し続け、また失敗から多くを学んで来たのである。

 我々の記憶に最も新しいところでは、昨年2006年の日本シリーズだろう。

 落合監督率いる中日ドラゴンズは北海道日本ハムファイターズに1勝4敗と苦杯をなめた。

 マスコミの多くは戦前の予想としてドラゴンズの優勝を予想していた。川上、山本昌の左右のエース、守護神・岩瀬、朝倉、中田ら若い力と荒木、井端を中心とした磐石な内野陣、福留、英智と強肩を誇る鉄壁な外野陣と落合監督の目指した「守り勝つ野球」は完成の域に達していた。

 さらに日本一と言われる荒木、井端の一、二番。WBCで見せた驚異の勝負強さを発揮する首位打者・福留孝介、来日以来3度の本塁打王に輝くパワーなら誰にも負けない二冠王・ウッズと伸び盛りのスラッガー森野、ベテラン井上、勝負強さに定評がある司令塔・谷繁、ここぞという一番に頼りになる切り札・立浪と攻撃陣も申し分ない。

 なんと言っても中日の強みは落合監督が就任してから、2004年リーグ優勝、2005年リーグ2位、2006年2度目のリーグ優勝と実績があった。勝ち方を知っている選手が多いという点でも明らかに優位であった。

 その点北海道日本ハムファイターズはチーム自体が若く、新庄、森本、小笠原、岡島ら勢いのある選手を中心に勝ち上がってきた。
 この勢いが果たしてどこまで持つのか、実績のある中日にどこまで通用するのか、疑問も多く、戦前予想は圧倒的に中日に軍配が上がった。

 「油断大敵」とはよく言ったものである。好事魔多しであった。選手の中の慢心と油断は、いつしか敵を見下し、勝負を甘く考えさせていたのだ。

 終わってみれば戦前の予想とは全く逆の大惨敗。既に引退を決めていた新庄選手を中心に、若い森本、稲葉などの勢いに乗った、怖いもの知らずの日本ハムの選手たちに好きなようにやられてしまった感じだった。

 第2戦、山本昌で負け、相手を勢いづかせてしまってからは相手の勢いは手のつけられないものなってしまっていた。第3戦からは敵の本拠地、北海道・札幌ドームだったことも分が悪かった。

 何しろ待ちにまった地元の球団の誕生とその優勝でわき返る町の雰囲気が敵陣の勢いに拍車をかけた。

 実力では誰が見ても明らかに勝っていながら、「勢い」という魔物に負けてしまった闘いだった。

 いつも負けた時は多くを語らない落合監督であるが、この日本シリーズだけは例外だった。闘いが終わりポツリともらした一言が印象的だった。

 「みんな選手は一生懸命やってくれました。責任があるとすれば監督である私一人にある。」

 「しかし今回だけは選手がシーズン中のように体が思うように動かなかった。それほどプレッシャーを感じていたのでしょう。」

 「それほど日本一というのは難しいということなんです。何しろ52年間も優勝から遠ざかっているんですから。52年の重みなんですよ。」と。
 
 どんなに苦戦であっても常に冷静に敗因を分析する落合監督がこの日ばかりは「52年間の重み」という曖昧な言葉で語っているのである。

 参考までに下記は中日の過去の日本シリーズの歴史である。

【中日ドラゴンズ(日本シリーズ)の歴史】(◎は日本一)

◎1954年 中日4-3西鉄 (天知俊一監督)
 1974年 中日2-4ロッテ (与那嶺要監督)
 1982年 中日2-4西武 (近藤貞雄監督)
 1988年 中日1-4西武 (星野仙一監督)
 1999年 中日1-4ダイエー (星野仙一監督)
 2004年 中日3-4西武 (落合博満監督)
 2006年 中日1-4日本ハム (落合博満監督)
◎2007年 中日4-1日本ハム (落合博満監督)


 53年前といえばあのフォークボールの神様と言われた杉下茂が大活躍をした年である。

 この年の前後と言えば、力道山が活躍し、マリリン・モンローとジョー・ディマジオが来日し、保守合同で自由民主党が出来たときである。落合監督が口にした52年間がいかに長いかその重みが分かるだろう。

 それほど常識では考えられない何かがそこにはあったということだろう。あの冷静でクールで緻密な計算をする、天才・落合博満ですら計り知れない何かが。

 今回2007年の日本シリーズで落合監督が異常とも言える勝利へのこだわりと執念は、すべてこの日の「天才でも及びのつかない考えられない敗戦」からすべては始まっていたのである。

 あの天才・落合博満にとって屈辱的な日本シリーズ敗戦から彼は何を学んだのか?そして、どのように考え方を変えたのだろうか?

 彼は勝つためには手段は選ばない、言い方を変えればどんな方法であっても勝たなければ意味がない、そう考えたのであろう。この日を境に彼の言動は大きく変わるのである。

 まず彼はチームづくりの方針を180度転換させた。今までの強いチームづくりから、『勝てるチーム』へと大きく方向を変えたのである。

 これは天才・落合博満の中ではそれまで考えもつかなかった意識改革であった。つまりそれまでは『強いチームが勝つ』ということこそ彼の頭の中の勝利の方程式だったものが、『強いだけでは勝てない』という新しい方程式に切り替えたことを意味するからだ。

 これまで選手として数々の試合をしてきた落合だったが、しかしここまで勝つことの難しさを感じたことはなかった。しかも自分の力だけでは何ともならない『目に見えない壁』を痛感したのだ。

 自分の力しか信じなかった天才が身体中に神社でもらったお札をはったり、来る日も来る日も眠れない日々が続き夜中に起きて突然意味不明のことを叫んだり、落合博満は間違いなくこの魔物と闘っていたのである。

 落合監督の変化は当然采配にも現れる。それまでは肩の疲労と選手寿命手のことを考えて、岩瀬の登板は9回限定だった。

 ところが今年の落合監督は違った。ここぞという勝負どころでは、8回からでも惜し気もなく岩瀬を投入した。これは2004年の日本シリーズ、セットアッパー岡本を温情でひきづり失敗した経験から学んだのだ。

 その発言も変わった。軽口やリップサービスも聞かれなくなった。あれは2004年西武との日本シリーズ。1勝1負で地元ナゴヤドームでの戦いを終えた落合監督は勝利に沸き返るファンの前で「このまま名古屋には戻ってこないでしょう。」と言った。これはこのまま3連勝しますという意味だった。

 ほんのリップサービスのつもりがこの言葉が敵の心に火をつけてしまう結果となりシリーズには負けてしまう。

 しかし、昨年の落合監督は違う。いうなればその全く逆。謙虚でどこまでも慎重であった。

 あの天才打者、落合博満は監督になっても、常に『失敗から学ぶ』姿勢を変えていない。

 おそらくそれは天才ゆえの苦しみと裏返しなのだろう。

 すなわち自分に対して教えてくれる人がいない孤立した立場のなかで、教えてくれる教師は自分自身しかいない。

 そうした環境が彼を単に野球という世界の中だけの天才だけでなく、『失敗から学ぶ』天才にも大きくかえたのだろう。

2008年2月 8日 (金)

【政治】NHKの国会中継を見てビックリしました!

 今日なにげにテレビの国会中継を見た。私は松下政経塾の出身でもあり、政治に興味があり時々見ている。

 今は来年度の予算を審議する大変な時期である。予算とは『政治の設計図』、『行政の設計図』とも言われ、国家にとって骨格になる。

 この予算とは、現在騒がれている『官僚支配』に対し、政治、とりわけ『国権の最高機関』でもある国会が最も重きを置くものでもある。

 私が本当にビックリしたのは、テレビのカメラが右、左どちらにふっても、すべて私の知り合いばかりなのだ。松下政経塾の出身者がそこかしこに映っているのだ。

 確かに現在、松下政経塾の卒業生270名の中で、国会議員が衆参あわせて30名強存在する。

 だから予算委員会に何人もいてテレビの中継で頻繁に私の知り合いが写るのは確かに理解できる。

 しかし、自分の知り合いばかりがテレビに写るのは、まるで松下政経塾が政治の世界をすべてハイジャックしてしまったような感じがする。

 まず予算委員会の議長役が逢沢一郎先輩(自民党衆議院議員、岡山県出身、政経塾一期生)で、彼の少し甲高い声が、議場の中に響く。

 質問に立っているのは、笹木竜三先輩(民主党衆議院議員、福井県出身、政経塾三期生)で舌鋒鋭く、福田総理や額賀財務大臣、舛添厚生労働大臣など並み居る大臣を追求している。

 またカメラが逆の方向を写すとそこには武正公一先輩(民主党国会議員、埼玉県出身、政経塾五期生)が写っている。

 また昨日の報道ステーションを見ていたら参議院での予算委員会で福山哲郎君(民主党参議院議員、京都府出身、政経塾11期生)が、福田総理を追い詰めて、ニュースの中で大きく取り扱われていた。

 これは何も国会中継に限ったことではない。最近のテレビを見ていると、私の知り合いが出ていない日はない。

 昔から一番多くテレビやマスコミに出ていたのは、高市早苗先輩(自民党衆議院議員、前イノベーション担当大臣、奈良県出身、政経塾五期生)で、先の安倍内閣でイノベーション担当大臣を務めた。

 さらに日曜日の政治番組によく出てくるのは、中田宏君(横浜市長、政経塾10期生)だ。若くて鋭いコメントで茶の間の人気も高い。

 同じく日曜日の政治番組の常連は、前民主党代表で防衛問題の政策通の前原誠司君(民主党衆議院議員、前民主党代表、京都府出身、政経塾八期生)も大変たくさんテレビに出てくる。

 また今一番頻繁にテレビに出ているのは、なんと言っても原口一博先輩(民主党衆議院議員、佐賀県出身、政経塾四期生)だろう。

 毎日、山本一太代議士や平沢勝栄代議士と一緒にやたらと沢山の番組に出まくっている。

 同じく民主党から松原仁先輩(民主党衆議院議員、東京都出身、政経塾二期生)もよく出てくる。

 さらに今もっとも人気急上昇中なのが、私と同期の大親友、山井和則君(民主党衆議院議員、京都府出身、政経塾七期生)だ。高齢者福祉のエキスパートであり、厚生労働委員会で活躍している。

 さらに最近全国の知事の新しい政治組織が出来て話題だが、その代表として頻繁にテレビに出ているのが、松沢成文先輩(神奈川県知事、政経塾三期生)だ。

 さらに民主党で前国会対策委員長だった野田佳彦先輩(民主党衆議院議員、前国会対策委員長、千葉県出身、政経塾一期生)も割りによく出てくる。

 このように最近のテレビ番組は政経塾出身者ばかりが完全に占拠した状態と言っても過言でない。

 私はふと十年後、ニ十年後の国会中継はどのようになっているのか大変興味深い。

 また楽しみが増えたといっていい。

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★【最高の年に最高の縁起物を!】

【教育】失敗から学んだ天才エジソンと松下幸之助

 エジソンにとって一番有名な言葉、『天才は99%の汗と1%のインスピレーションからなる』。これもかの電球を発明した時の逸話が本になっている。

エジソン石清水八幡宮駅前のエジソン像

 彼は何度も何度も実験を試みるが全くうまくいかない。しかし、一番最後に京都の石清水八幡宮の男山の竹(マダケ)をフィラメントとして使って電球の発明を成功させたのだ。

 これを記念して現在、京都府八幡市内の石清水八幡宮にはエジソン記念碑が建てられている。

エジソン石清水八幡宮内のエジソン記念碑

 実は我が師、松下幸之助氏もエジソンを大変尊敬している。

 彼も松下電器の創業の頃は二股ソケットやアタッチメントプラグなど自ら新商品の開発に携わってきた。

 そしてエンジニアとして数多くの失敗から学んできた。彼はこのことについて以下のように語っている。

 『私も失敗はあまりしなかった方だが、しかし失敗した時には必ず己に落ち度があった。そのことを反省し失敗から学ぶことは大変尊いことだ。』と。

 そして面白いことにこうも付け加えている。『しかし自分で失敗し学ぶのは大変だ。

 だから私は他人の失敗を見て学ぶようにしている。あの人は何故商売がうまくいかないのだろうか?何故失敗したのだろうか?』と。

 さすが一代であれだけの世界企業を築き上げた人だけのことはある。

 同じ失敗でも自分の失敗だけでなく、他人の失敗からも学ぼうと言う姿勢がはっきりいって素晴らしい。我々も大いに学びとるべきであろう。

 その松下幸之助が84歳にして松下政経塾を設立した折、彼のそれまでの人生の集大成として『成功哲学』をまとめたのが下の言葉だ。

『素志貫徹の事〜常に志を抱きつつ、懸命に為すべきを為すならば、いかなる困難に出会うとも道は必ず開けてくる。成功の要諦は成功するまで続けるところにあり』(松下政経塾五誓より)

 この言葉は松下政経塾の塾生、卒業生の大きな心の支えになっている。

 これは松下幸之助氏の独自の人材育成理論である『自修自得』の理論を基にしたものである。

 『経営者、リーダーは育てて育てられるものではない、自らが自らの師となるべきである』、との教えから元来この塾では常任の講師は持たない。

 つまり自らが『失敗から学び』自らの体で、そのコツを会得することこそもっとも大切だという教えだ。

 このように実は我が師、松下幸之助はエジソンを心底尊敬し事業において最も大切な『人』を育てる思想の骨格に位置付けているのだ。

 大阪の松下電器本社の中央研究所の前の広場にはエジソンの銅像が建っている。

設立当初の中央研究所設立当初の中央研究所

 この銅像であるが、昭和43年12月、科学と工業の先覚者の偉大さを讃えこれらの像が建てられた。

 中央の台座にエジソン(アメリカ・発明家)の高さ2.4メートルの全身像が配置され、その周囲には11人の偉大な科学者、発明家、事業家、創業者が並んでいる。以下順番に名前を挙げよう。

◎エジソン(アメリカ・発明家)

◎豊田佐吉(日本・発明家)

◎マルコーニ(イタリア・発明家)

◎オーム(ドイツ・物理学者)

◎佐久間象山(日本・学者)

◎平賀源内(日本・学者)

◎ファラデー(イギリス・物理学者、化学者)

◎アンペール(フランス・物理学者)

◎橋本曇斎(日本・蘭学者)

◎関孝和(日本・数学者)

◎フィリップス(オランダ・経営者)


 これらの胸像が円形に並んでいる。この11名はいずれも、近代の科学技術の発展に貢献した内外の功労者で、これらの人々の功績を称えるとともに、社員お互いの励みにもしたいとの松下幸之助の思いから建てられたものだ。

【教育】『失敗から学ぶ』天才たちの名言集

 エジソンの母の教育の秘密として『失敗から学ぶ』ということを取り上げた。
 エジソンに限らず多くの天才たちはそれこそ失敗を人生の肥やしであり、糧として多くを学んでいる。

 では一体なぜ天才と呼ばれる人たちは、失敗から学ぶことが出来るのだろうか?そこには一体どんな秘密があるのだろうか?

 下記にそうした天才たちが失敗から学ぶことについてどのような見解をもっているのか?について、その名言集から学ぶこととしよう。

 まずは先に取り上げたエジソンの言葉を3つ。それからエジソンが創設したGE(ゼネラル・エレクトリック)社がどのようにこのエジソンの思想を受け継いでいるのかを知るために、ジャック・ウェルチ前会長の言葉から見てみることにしよう。

 いずれ劣らぬ名言ばかり。ゆっくりご堪能あれ。


━━━━【天才たちの『失敗から学ぶ』名言集】>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


◎エジソン
【名言】わたしは、決して失望などしない。なぜなら、どんな失敗も、新たな一歩となるからだ。
【詳細文/補足】(別訳ver.1)私は失望などしない。なぜなら、どんな失敗でも次への前進の新たな一歩となるからだ。
【出典】エジソン[トーマス・エジソン](19〜20世紀米国の発明家、GE社創業者、1847〜1931)
【関連文】(英文)I am not discouraged, because every wrong attempt discarded is another step forward.

◎エジソン(その2)
【名言】私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。
【出典】エジソン[トーマス・エジソン](19〜20世紀米国の発明家、GE社創業者、1847〜1931)
【関連文】(英文)I have not failed. I've just found 10,000 ways that won't work. 

◎エジソン(その3)
【名言】私は実験において 失敗など一度たりともしていない。この方法ではうまく行かないということを発見してきたのだ。
【出典】エジソン[トーマス・エジソン](19〜20世紀米国の発明家、GE社創業者、1847〜1931)
【関連文】(別記載)私は実験において 失敗など一度たりともしていない。これでは電球は光らないという発見をいままでに、2万回してきたのだ。
【解説】発明王エジソンが電球を試作していた時に、皮肉屋の新聞記者が「こんなに失敗して…」と言ったことに対する答え。(流音弥)


◎ウェルチ
【名言】われわれは失敗にも報酬を与えている。機能しない照明器具をつくったチーム全員にテレビセットを贈ったこともある。そうしないと、社員は新しい挑戦を避けるようになる。
【出典】ジャック・ウエルチ(元ゼネラル・エレクトリック最高経営責任)


★★★★★★★★★★

◎ロックフェラー
【名言】私はいかなる失敗もチャンスに変えるよう常に努力してきた
【詳細文/補足】
(別訳ver.1)私は災難が起こるたびに、これを良い機会に変えようと努力し続けてきた。
【出典】ジョン・ロックフェラー[ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー](19〜20世紀米国の実業家、スタンダード・オイル社創立者、1839〜1937)
【解説】失敗は成功へのチャンスです。(流音弥)

◎カーネギー
【名言】成功する人は、失敗から学び、別な方法でやり直す。
【詳細文/補足】
(別訳ver.1)成功する者は、失敗から得、違ったやり方を試してみる。
(別訳ver.2)成功者とは、失敗から多くのことを学び取って、新たに工夫した方法で、再び問題に取り組む人間のことである。
【出典】デール・カーネギー(20世紀前半の米国の自己啓発権威・講演家・著述家、1888〜1955)
【関連文】(英文)The successful man will profit from his mistakes andtry again in a different way.

◎フォード
【名言】失敗とは、よりよい方法で再挑戦する素晴らしい機会である
【詳細文/補足】
(別訳ver.1)失敗とは、よりよい方法で再挑戦するいい(よい)機会である。(別訳ver.2)失敗とは、より聡明に再出発するための唯一の機会である。
【出典】ヘンリー・フォード(19〜20世紀米国の実業家、フォードモーター創始者、1863〜1947)
【関連文】(英文)Failure is only the opportunity to begin again more intelligently.
【解説】失敗をポジティブにとらえれば、改善して再挑戦する魅力的な機会だと言えるでしょう。また、失敗が無ければ、改善する機会を失ってしまうかもしれないのです。(流音弥)


◎ジョンソン & ジョンソン
【名言】失敗は、当社にとって、もっとも大切な製品である。
【出典】R・W・ジョンソン・ジュニア(ジョンソン&ジョンソン元CEO) 


◎カーネルサンダース
【名言】何を始めるにしても、ゼロからのスタートではない。失敗や無駄だと思われたことなどを含め、今までの人生で学んできたことを、決して低く評価する必要は無い。
【出典】カーネル・サンダース(ケンタッキー・フライドチキンの創業者)

◎シェイクスピア
【名言】失敗の言い訳をすれば、その失敗がどんどん目立っていくだけです。
【出典】シェイクスピア[ウィリアム・シェイクスピア](16〜17世紀イギリスの劇作家・詩人、1564〜1616)「ジョン王」

◎ヘルマン・ヘッセ
【名言】過ちも失敗も多かった。だが、後悔する余地はない。
【出典】ヘルマン・ヘッセ(19〜20世紀ドイツの小説家・詩人、ノーベル文学賞受賞者、1877〜1962)


◎マークトゥエイン
【名言】他人の失敗から学べ。全部を自分で体験できるほど長生きはできないのだから。
【出典】マーク・トウェイン(19〜20世紀米国の小説家、1835〜1910)

◎チェーホフ
【名言】人間の目は、失敗して初めて開くものだ。
【詳細文/補足】(別訳ver.1)人間の目は、失敗した時初めて開く。
【出典】チェーホフ[アントン・チェーホフ](19世紀ロシアの劇作家・小説家、1860〜1904)


◎スマイルズ
【名言】私たちは成功よりも失敗から、より多くの知恵を学ぶ。
【詳細文/補足】
(別訳ver.1)われわれは成功によってよりも、失敗によってこそ多くの知恵を学ぶ。
【出典】スマイルズ[サミュエル・スマイルズ](19世紀イギリスの作家・叙述家、1812〜1904)
【関連文】(続き)私たちは、しばしばできないことを見つけることによって、できることを発見します。間違いを犯さない人は、おそらく決して新しいことを発見することはないでしょう。


◎サローヤン
【名言】有能な人間は失敗から学ぶから有能なのである。成功から学ぶものなどたかが知れている。
【出典】サローヤン[ウィリアム・サローヤン](20世紀米国の作家、1908〜1981)


◎デューイ
【名言】失敗は一種の教育である。「思考」とは何であるか知っている人間は、成功からも失敗からも、非常に多くのことを学ぶ。
【出典】デューイ[ジョン・デューイ](19〜20世紀米国の教育学者・哲学者、1859〜1952)


◎諸葛孔明
【名言】時の流れがわからなければ、寛大であろうと、厳しくしようと、政治はすべて失敗する。これから蜀を治めるならば、このことを深く考えなければいけない。
【出典】諸葛亮孔明(中国三国時代の政治家・軍略家)


◎孫文
【名言】一つ失敗するごとに一つ進歩する
【出典】孫文(中国の政治家・革命家、1866〜1925)

◎勝海舟
【名言】人の一生には「焔(ほのお)の時」と「灰の時」があり、「灰の時」は何をやってもうまくいかない。そんな時には何もやらぬのが一番いい。ところが小心者に限って何かをやらかして失敗する。
【出典】勝海舟(江戸時代末の幕臣、明治初期の政治家、1823〜1899)


◎松下幸之助
【名言】人間というものは、多少困難や失敗があった方が、より大きな生きがいを感じられるものである。【出典】松下幸之助(松下電器産業創業者、1894〜1989)


◎本田宗一郎
【名言】人間は失敗する権利をもっている。しかし失敗には反省という義務がついてくる。
【出典】本田宗一郎(本田技研工業創業者、1906〜1991)


◎土光敏男
【名言】失敗は終わりではない。それを追求していくことによって、はじめて失敗に価値が出てくる。失敗は諦めたときに失敗になるのだ。
【出典】土光敏夫[どこうとしお](昭和の実業家、第4代経団連会長・石川島播磨重工業元社長、1896〜1988)


◎寺田寅彦
【名言】失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。【出典】寺田寅彦(明治〜昭和の物理学者・随筆家・俳人、1878〜1935)


◎西堀英三郎
【名言】従来の教育には、 「教」はあっても「育」がありません。育てるということは、「成功」の味をしめさせ、「失敗」に学ばせることです。
【出典】西堀栄三郎(登山家・科学者・第一次南極越冬隊隊長)「石橋を叩けば渡れない」


◎川上哲治
【名言】失敗をしたことのない優等生が管理職に就いても、どこか迫力に欠ける。自ら失敗に苦しんだ体験がないので、部下に注意をしても説得力がない。これでは部下がついていくはずがない。
【出典】川上哲治[かわかみ・てつはる](元プロ野球選手・元監督、1920〜)

★★★★★★★★★★

【解説】失敗から学べない理由
「失敗から学ぶ」ということは、昔からよく言われることですが、意外と難しいのが実情です。その原因としては次のような理由が考えられます。
(1)そもそも失敗として認識できない。
(2)精神的苦痛から失敗に向き合えない。
(3)失敗した理由を理解できない。
(4)失敗理由を分析しようにも、経過の記録がない。


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2008年2月 6日 (水)

【人生】『ダイブツ流人を見分けるコツ』

「クセ」と「タチ」
〜『ダイブツ流人を見分けるコツ』〜

 友達、夫婦、恋人、進入社員、ビジネスのパートナーなどとかくこの世の中は人との『縁』であり、『出会い』によって成り立っている。

 仏教でいう縁には「良縁」と「悪縁」があるのをご存知だろうか?たいていこちらが調子が良く、乗っている時にどちらも集まってくるから質が悪い。

 悪縁とはパッと見栄えは必ずいいものだが、本質が良くない。特に相手がビジネスパートナーだとなおさらだ。

 縁にちなんだ有名な言葉のなかでも特に『人との出会い』、『良いパートナー選び』についてのものだけでも以下のように沢山ある。

 折角の機会なので一つ一つ味わって読んで頂きたい。如何に人との出会いが不思議なものか分かるだろう。

━━━━《縁にまつわる有名な言葉》━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


◎合縁奇縁 (あいえんきえん)
 人と人との気心が合う合わないということは、すべてこの世の中の不思議な因縁(いんねん)によるということ。

◎悪縁 契り深し (あくえん ちぎりふかし)
 よくない縁とわかっていても、そういう悪縁こそなかなか断ち切ることはできないものだということ。

◎腐れ縁は離れず(くされえんは はなれず)
 この世の中で起こるいっさいのできごとはどんな小さなことでも、すべて前世からの因縁によるのだということ。

◎袖すり合うも他生の縁(そですりあうも たしょうのえん)
 道で見知らぬ人と袖がちょっと触れ合うようなささいなできごとでも、それは単なる偶然ではなくてすべて前世からの因縁によるもの。だから、どんなささやかな出会いもたいせつにせよということ。なお「他生」は「多生」とも書く。

◎縁なき衆生は度し難し (えんなきしゅじょうはどしがたし)
 人の忠告を聞き入れようとしないやからは救いようがないということ。

◎縁の切れ目は子で繋ぐ (えんのきれめはこでつなぐ)
 夫婦仲が冷たくなり、あわや離婚という事態になっても、子供の存在が切れそうになった縁をつなぎとめてくれるということ。

◎縁は異なもの 味なもの (えんはいなもの あじなもの)
 男と女のめぐりあい、結びつきというものは、予測のつかないほんとうに不思議なもの、おもしろいものだということ。

◎金の切れ目が縁の切れ目 (かねのきれめがえんのきれめ)
 金があるうちは続いていた縁(関係)も金がなくなると、相手はてのひらを返したように冷たくなり、だれもが離れていく。つまり、金がなくなったときが縁の切れるときであり、人間と人間のつながりは金銭上の利害損得によって成り立っているものだということ。

◎腐れ縁は離れず (くされえんははなれず)
 別れようにも別れられず、だらだらと続くのが腐れ縁というもの。こうした悪縁はなかなか断ち切りがたいということ。

◎釣り合わぬは不縁のもと (つりあわぬはふえんのもと)
 育った境遇がかけ離れていて釣り合いが取れない者どうしの結婚は、うまくいかなくなることが多いということ。「不縁」は離縁の意。

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 このように人との出会いにおいては、同じ縁でもこの『良縁』か『悪縁』かを的確に見分けることが大切である。

 それを見抜く方法が一つある。

 相手の「クセ」が悪いのか、「タチ」が悪いか識別するのだ。

◎ クセが悪いとは例えば泥のついた形のよくない大根です。スーパーでは売れないが中はどこも悪くない。
 つまり見た目は悪くてもこちらの付き合い方や使い方さえ良ければ、うまく使える場合。

◎ タチが悪いとは見た目も綺麗でどこも問題ないが、中を割ってみると害虫が食い散らかして、食べられたものでない。

 この場合、相手のキャリアや外見、目先の利益に繋がるかいなかなど、こちらに私心があって目が眩み本質が見抜けない場合である。

 このクセとタチを見抜かないと大きな失敗をするのである。私の判断基準ははっきりしている。

 これは国籍も民族も文化も越えて世界中でビジネス、商売を行う上で最も大切な『信用』のもとになるものである。

(1)約束を守る人か?
=決められた約束をキチンと守る人か、またトラブルに対して誠意ある対応をとる人か?など。

(2)お金にしっかりした人か?
=借りたものは期限までに払うか?支払いはしっかりしているか?細かい条件も互いの信頼に基づいているか?など。

(3)時間にしっかりした人か?
=決めた時間に遅れない。締め切りは守る。細かい時間も疎かにしない。人を待たせない。など

(4)クイック・リスポンス=相手の連絡に対して返事や対応が早くて誠意があるか?また遅くなる場合でもその旨連絡がきちんとしているか?など。

以上の4点である。

 最初の3つはどんな国でも、どんな民族でも普遍的に共通である。

 そして最後の一つのクイック・リスポンスは、このベースとなる互いの信頼を成立させているコミュニケーションの基本だ。

 さてあなたもこの
『クセ』と『タチ』を4点見抜く方法を実践されたらいかがだろうか?

【※】この記事は書きかけです。今後人生経験が増すに従い、どんどんと加筆修正して行きます。


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★【最高の年に最高の縁起物を!

【人生】『ダイブツ流人付き合い7つの秘訣』

『ダイブツ流
  人付き合いの
    7つの秘訣』

1.人を知り
2.人を見て
3.人を選び
4.人を超え
5.人と交わり
6.人と離れ
7.初めて真の『朋』となる

特に4と6が一番大事なポイントである。

4の『人を超える』というのは、1から3まではこちらが主体的、合理的に働きかけを行うが、さらにそれを越えた腐れ縁のような場合。

相手と同じ視点、同じ意識など所詮同じ土俵にたっていればケンカになったり、対立がより酷くなる。

こうした場合、相手と少し距離を置き、相手の長所・短所を冷静に見て、相手よりも『一段高い所』から、余裕をもって相対することである。これが『人を超える』という意味だ。

6の『人と離れる』とは文字通り、距離を置く、しばらく会わない、会えない。あるいは相手と異なる仕事したり、別の支店に移ったり、別の会社に変わる、相手と違う地域に引っ越しする、別居するなど。

とにかくべったりと一緒にいると相手がいることが当たり前になり、その有り難みが分からない。

だからこそ真の人間関係を作るには、『人と離れる』ことが大切である。

そして7番目の『朋』という字であるが、この意味は単なる『友』とは違う。

『友』とは同じ学校や会社、地域など空間や時間を共有しただけの人を指す。つまり偶然出会っただけのその場の浅い付き合いのことである。

これに対して『朋』というのは、年齢も性別も仕事も立場も一切を離れ、共に人生を語り、共に笑い、共に苦楽を共にし、共に死んだとしても、この人となら死ねると思える人のことである。。

相手が夫婦であれ、友達であれ、会社の同僚であれ、学生時代の仲間であれ、人生において一体何人の『朋』とあなたは出会ったことだろう。

もし真の『朋』が一人でもいれば、あなたの人生は大変幸せな人生だったと言えるだろう。

さぁ、あなたもこの7つの法則を早速使ってみてはいかがだろうか?


【※】この記事は書きかけです。今後人生経験が増すに従い、どんどんと加筆修正して行きます。


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★【最高の年に最高の縁起物を!


【人生】『ダイブツ流成功哲学』

『ダイブツ流成功哲学』

世の中で最も大切な発想は3つあります。

【1つめの発想】
『地球の一周は4万km。とほうもない距離と諦める前に、1日一時間4kmを30年続ければ可能な距離と考えなさい。不可能は可能となります。』

【2つめの発想】
『さらに重要なことは1日10分余分に歩いて1週間に1回必ず休むこと。絶望は希望に変わります。』

【3つめの発想】
『最後に一番大事なことは、風邪をひいて寝込んでも決して焦らず怨まず、その分健康に留意して感謝して長生きすること。苦しみが笑顔に変わります。』


ただし多くの若者は最後の『焦らず感謝して長生き』の発想が困難な人が多いから気をつけて。

【※】この記事は書きかけです。今後人生経験が増すに従い、どんどんと加筆修正して行きます。


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★【最高の年に最高の縁起物を!


2008年2月 4日 (月)

【自然】湯島の白梅が開花しました

【自然】湯島の白梅が開花しまし

 昨日は節分。今日は立春。暦の上ではもう春です。先日、神田明神について書いた折り、一緒に先月1月21日、湯島天神に行きました。

 有名な『湯島の白梅まつり』の真っ最中。受験生が思い思いの願いを絵馬に書き、今年一番の寒さの時期に、ここだけは熱い空気が流れています。

 そこでお土産にと、まだつぼみの梅の鉢を一つ買いました。

【自然】湯島の白梅が開花しまし

 それが今朝綺麗に咲いていました。週末は自宅にいたので、少し満開の盛りを過ぎたころかもしれない。

 梅の花の次は桜の花。いよいよ本格的な春が到来するのも、もうまじか。

 昔の暦の最初の日、立春を迎えた。春の到来が待ち遠しい。

2008年2月 3日 (日)

【教育】『天才エジソンの秘密』母が教えた7つのルール

 さてテレビのドラマでも話題のエジソンの母であるが、実際のエジソンの母は一体どんな人で、どんな教育方針だったのだろうか?

 実は私が卒業した名古屋市にある東海高校では昔から有名な話がある。それは地元トヨタの御曹司と呼ばれる人が我々の学校に通っていた時のことだ。

 この生徒が教室にいると担任の教師が彼の靴下に『つぎ』が当たっているのを見つけ質問したそうだ。

 『君の家のような大金持ちがつぎのあたった靴下を履くとは驚きだな。一体誰がそれをぬったんだい?』

 するとその生徒は『これは私の母親が自分で縫いました。』と。質素倹約を旨とする三河の土地柄をよく表した話である。

日産自動車や日立グループなどの親会社日産コンツェルンの創始者、鮎川義介(あゆかわ よしすけ)。

 そのお孫さんで一時女優の杉田かおると結婚してマスコミから騒がれたこともある、ベンチャー企業向け投資などを行う『テクノベンチャー』会長兼社長、鮎川純太さん。

 彼は昔の知り合いで彼がまだボストンのMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学しているおり、彼の自宅に泊まりにいって直接聞いた話がある。

 『うちの家はよく財閥なので普通と違うだろうといわれますが、そうでもないんですよ。』と。ただ次の瞬間少し間をおきながらこう語った。

 『ただ普通と違うところが2つだけありましたね。一つは食べ物でも何でも本物しか手にとらないことです。ですからよく祖父(鮎川義介)は一流の料亭やレストランからコックを直接家に呼んで料理を作らせていましたね。』

 『それからもう一つはこと教育のことになると家中非常に熱心でした。特に母親は教育には大変うるさかったですよ。』と。

 つまりエジソンに限らず立派な家の子女教育とは母親の教育次第ということだろう。

 それではエジソンの母親は一体かの天才を育てるのにどんな苦労をしたのだろうか?

 ここにこの謎を解く上でのよい本がある。それがこの幸田ヘンリー著の『天才エジソンの秘密 母が教えた7つのルール』である。

 もともと法律家の著者が集めた資料に基づいて、書いたもので、従来のエジソンに関する著作とは少し趣が異なる。

 確かに天才エジソンが素晴らしいことはいうまでもないことだが、しかしその教育方法、特に母親のとなると、大変興味深いと同時に今後の日本の教育全体に大きな指針になろう。

 この本の良い点として、その要点を7つのポイントにまとめている点である。
 特にその中でも以下の3つのポイントが重要と思われるのでそれぞれにコメントしたい。

 『●ルール1 無条件の愛で包む』は当然だ。しかし学校から排除され家庭に半ば引きこもりがちなエジソンにとって母親は教師であり友達でもある。

 母親の愛はその知的発育にも情操教育の面でももっとも影響がある。『無償の愛』、『無条件の愛』はもっとも重要だろう。

 次に『●ルール3 知的好奇心を育てる』。エジソンの伝記を語る時必ず出てくるのが子供の頃、興味をもったことには必ずナゼナゼと執拗に質問しつづけたというエピソードである、

 この時大事なことは決して答えを誤魔化して答えないことである。例えば『赤ちゃんはどこから来るの?』、『虹はどうして出来るの?』、『雨はどうして降るの?』などである。

 これに対して『コウノトリが運んでくるのよ。』などと相手が子供だからといってバカにした答え方や曖昧な文学的な答え方で誤魔化そうとしないことである。

 例え時間がかかっても辞書を調べるなどして正確に教えることが肝要なのだ。

 私が最も重きを置くのは『●ルール5 失敗は最高のレッスンである』だ。天才の多くは皆失敗からまなんでいる。

 エジソンにとって一番有名な言葉、『天才は99%の汗と1%のインスピレーションからなる』。これもかの電球を発明した時の逸話が本になっている。

 彼は何度も何度も実験を試みるが全くうまくいかない。しかし、一番最後に京都の石清水八幡宮の竹をフィラメントとして使って電球の発明を成功させたのだ。

 かのロシアの小説家、トルストイは、『子どもには、すべての最も大きな可能性がある。』と述べている。一度や二度の失敗でめげることなく、何度も挑戦する意欲や姿勢が大切なのだ。

 『あなたは出来るのよ。必ず出来るわ。だから挑戦するのよ。』と母親が励ませばどんなこどもも必ず可能性を最大限発揮するに違いない。

 以下がこの本の概要である。大いに参考にしていただきたい。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


『天才エジソンの秘密 母が教えた7つのルール (単行本)』
天才エジソンの秘密母が教えた7

幸田ヘンリー (著)
価格:¥ 1,575 (税込) 出版社: 講談社 (2006/3/30)

【出版社 / 著者からの内容紹介】

誰が発明したのか、知っていますか
ハイウェイ、ベニヤ板、強化セメント、ゴムの絶縁体、発電機……

すべて、学校を3ヵ月で退学、学歴ゼロ、耳の悪い少年であったエジソンによる発明である!

【人を伸ばす7つのルール】
●ルール1 無条件の愛で包む
●ルール2 感性を磨く
●ルール3 知的好奇心を育てる
●ルール4 考えることを楽しむ
●ルール5 失敗は最高のレッスンである
●ルール6 ハンディキャップは特長になる
●ルール7 他人との交流を楽しむ

エジソンは誰もが知っている天才。 なのに「電気を発明した人」くらいの知識しかない人が、ほとんどではないでしょうか。

この本は、エジソンの大ファンである著者が、何千点もの発明品のコレクション、資料に基づいて調べ上げた知られざるエピソードが満載。

蓄音機を発明した当時、エジソンは耳がほとんど聞こえなかったなんて、知ってましたか?

音が聞きたくて仕方がなかったエジソンが、ピアノに噛み付いて、その振動で音をかすかに聞いていた時に、「音は振動だ!」と発見。

レコード盤の小さな溝につけられた凸凹を、針がその微細な振動を捕らえてホーンによって音が拡大される蓄音機の原型が、それで出来たんだそうです。

そのエジソンが、ガジガジかじった歯型のついたピアノは、今でもエジソンの自宅に大切に保管されているそうです。

そんなエピソードが、始めから終わりまで目一杯披露されています。

天才エジソンが、どういう環境の中で形作られていくのか、興味深く書かれています。

【記憶に残したい素晴らしいフレーズ集】

◎『チャンスは衣をかぶってやってくる。だから見逃してしまうのだ。』(2〜3頁)

◎『幸運は、機会と準備が一致したときに実現する。』(2〜3頁)

◎『頭は筋肉と同様、鍛えるほど強化される。』(2〜3頁)

◎『いつでも必ず、もっとよいやり方がある。それを探せ。』(2〜3頁)

◎『幼いトーマスは、不思議なことを「なぜ、なぜ」と追求することが素敵なことを知っていたのである。』(58頁)

◎『感性は磨けば磨くほど輝きを増す。感性が強く反応するとき、感動が生まれる。感動が継続すると情熱になる。情熱を持った人間はエネルギーにあふれる。』(62頁)

◎『ダイヤモンドは、ほかのダイヤモンドによって磨かれて輝きはじめる。人が他人との交流によって磨かれて成長する。』(182頁)


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