【教育】一休さんのとんち寺〜知る人ぞ知る受験の守り神〜
世は受験シーズン真っ最中である。私も思い出があるが正直大変だった。受かるかどうかという不安のなかで大変な闘いだった。
当の本人もさることながら親御さんやご家族はもっと大変だろう。家族の中に一人受験生がいるとそれはもう気の使い方は半端ではない。
もの音をたてるのも憚られる。『すべる』、『おちる』などという言葉も厳禁だった。
それほど受験というのは本人だけでなく家族中が大変な思いをして過ごすものである。
神社でお百度をふんだり、お守りを買ったりとこのときばかりは『神頼み』したくなるのも頷ける。
一般に受験の神様といえば、菅原道真公をお祀りした『天神様』や『天満宮』が大変有名である。
しかし今日皆さんにご紹介するのは、まだ全国的には有名ではないが、受験には大変ご利益があるという知る人ぞ知る守り神である。まだ知っている人が少ない分ご利益は絶大かもしれない。
ここは通称『一休寺』として親しまれているが、正式には酬恩庵と呼ばれる。
この酬恩庵は康正2年1456年に荒廃していた妙勝寺を一休が再興したものである。

一休寺は、京都市から少し南にある京田辺市にある。交通手段としては、JRの京田辺駅からタクシーで15〜20分くらいのところにある。
一休さんがこの酬恩庵に住まわれたのは、室町時代中ごろの、1456年(康正2年)の、63才のころだった。
そして、同じく室町時代の1481年(文明13年)11月21日、88才で亡くなられるまでの25年間住んでいたことになる。
京都の紅葉の名所と言えば、嵐山、東福寺、大原三千院などが有名であるが、ここ一休寺も隠れた紅葉の名所として知られる。毎年11月下旬が見頃を向かえる。
『一休さん』といえば、かつてテレビで東映アニメーションとして大変な人気だった。
『一休さん』はもともと小松天皇の皇子である千菊丸。母と別れて安国寺の小僧、一休として修行の道に入った。
毎朝日の出前に叩き起こされ、厳しい修行に泣きべそをかき、お母さんが恋しくても、夕焼けの空に「母上様」と呼んでみるしか出来なかった。
テレビアニメはそんな一休さんが毎回おこる無理難題にとんちで答えを出すというものだった。
放送当時まだ中学生くらいだっただろうか?今度は一休さんはどんなとんちで問題を解決するのか……?大変楽しみに見ていたものだ。
このアニメは、1975年10月15日から1982年6月28日まで全296話に渡り放送された長編シリーズ。
禅僧一休宗純
禅僧一休宗純の子供時代をモチーフにしており、桔梗屋や将軍様が繰り広げる珍騒動をコミカルに描いている。

とんちを働かせる時に、あぐらをかき、指で側頭部に2回円を描いてから座禅を組み、木魚の音をバックに考えるシーンが印象的だった。
さてお亡くなりになるまでの約25年間、一休寺は晩年の住み寺となったこの酬恩庵一休寺。
ちなみに有名な大徳寺納豆はもとはこのお寺で作られたものである。
このお寺で亡くなられた一休さん。お墓は「慈揚塔」と呼ばれ、今は宮内庁が御廟所として管理している。そのため残念だが、門から中に入ってのお詣りは出来ない。
山門をくぐり入場券売り場を過ぎるとすぐ右手に見えてくる。皇室のお墓だけあって菊の御紋が門の表に飾られている。
一休さんのお墓
ご本尊の一休さんは大変立派で神々しい。長年の修行の末に到達したお姿なのだろう。

このお寺は京都市内からもかなり離れているので完全な穴場になっている。こじんまりとまとまっているが、中には資料館もあり割りに見ごたえもある。
一休さんは書の達人としても有名であり、資料館の中には一休さん直筆の書も数多く展示されている。

静かな境内の中ではお抹茶のおもてなしもある。都会の雑踏から離れ心を落ち着けるには素晴らしい場所である。
※お問合せ一休寺まで
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