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2008年3月 8日 (土)

【経営】指導者研究『鈴木清一』(その7)〜今問い直す本物の経営とは?

 鈴木清一さんの『祈りの経営』とは大変厳しい『献身』がなければ、本当ではないことがお分かりいたたけただろう。

 この見返りを求めない『献身』を理解しないと信仰から来る喜びや感謝の気持ちも真に分かったことにはならない。

 それでは鈴木清一さんが『祈りの経営』によって追求しようとした『本物の経営』とは一体なんだったのだろうか?

 ここで少し視点を変えてそもそも『経営』というものの本来の意味を少し考えてみよう。

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 皆さん、国語辞典で『経営』という言葉をひいてみたことがあるだろうか?

 普通、企業経営やマネジメント、管理としての意味が一番に出てくると思うのだが意外に違う。

 まず最初に出てくるのが(1)土地を測量し、土台を据え、目標を定めて建築すること、とある。

 二つ目が(2)方針を定め、組織を整えて、目的を達成するよう持続的に事を行うこと。

 この(2)の意味が企業に使われて初めて、会社事業を営むという意味が出てきたということである。

 もともと『経営』の『経』の文字は『お経』の経、東経何度・西経何度というときに使う、縦糸という意味だ。

 何千年たとうが変わらない真理のことを『経』というのだ。

 このことは四国八十八ヶ所一番札所霊山寺の芳村超然住職も『雪のお遍路さん(試作版)』の中で詳しく触れられているので、是非ともご覧頂きたい。

 一方『経営』の『営』という字は、現実の私たちの生活、営みを指す。時には泥々したシガラミや利害対立など理屈だけではなんともならない世界での営みを意味する。

 つまり、本来の意味の経営とは仰いで天の意思に反することなく理想を目指しつつ、一方でどろどろした現実を踏まえた人間の営みのことである。

 歴史的に見ても、西洋では経営の始まりを16世紀の東インド会社とするが、我が国では異なる。

 古くは古事記や日本書紀の世界まで遡る。高天ヶ原という天の国にいた、天照大御神(あまてらすおおみかみ)からニニギの尊が天孫降臨でこの地上に降り立った時まで遡る。

 この時、有名な三種の神器とともに、天照大御神自らが、育てていたとされる『種もみ』を受けたのであった。

 この種もみを植えて、稲を育てる。これが我が国における稲作の始まりとされる。

 さらに採れたお米を神嘗祭(にいなめさい)に神に捧げ、高床式の倉庫に保管し、村全体で、神に使える神官の『管理』のもとに、生産、蓄積・保管し、分配した。

 これが我が国の『経営』の始まりである。また、そうした『神から仕かわされた命を行う事』として『仕事』という言葉が生まれたのである。

 これが日本における『経営』の定義であった。

 西洋流の貨幣経済の考え方が入ってきた明治時代以降、物質主義の行き過ぎとも相まって、『経営=金儲け』という愚かな価値観が生まれてきたが、それ以前の我が国では『仕事』や『経営』とは神に仕える厳粛なものだった。

 このことでもうお分かりだろう。実は鈴木清一さんの『祈りの経営』こそが日本における本来の経営のあり方に他ならないのである。

 ところが明治時代以降の貨幣経済、ひいては『金儲け万能』の世の中が、逆に我々の感覚を麻痺させ狂わせてしまったのだ。

 さてかつて『お客様は神様です。』という三波春男さんの有名な言葉があった。

 色々な解釈が成り立つのだろうが、この言葉を日本古来の考え方に基づいて考えるのなら、鈴木清一さんの目指したものも深く理解出来るはずである。

 鈴木清一さんの『祈りの経営 鈴木清一のことば』という本の中に『人につかえる』という次のような文章がある。

★★★★★★★★★★

『人につかえる』

     鈴木清一

 「人を助ける」とは思い上がりもはなはだしい、と気付いたときに「人につかえる」まして商売人の私は「お客様につかえる」のだ、と思ったらうなずけました。

 自主的に、自発的に「人につかえる」即ち「人様のお世話をする」自分になろう!

 なんだ、かんだ、とうまいことを言っても自分がかわいいために、自分の好きなことをしたいために、他の人をせめているのでないかという反省。

 それよりも、ざっくばらんに、どうぞ許してください、どうぞやらせて下さい。

 その代わり自分だけが喜ぶのだけではなく、私で喜ぶのならば、あなたのためにも、多くの人のためにも、私の生きている限りは「喜びのタネ」をまいてみたい。

★★★★★★★★★★

 実に鈴木清一さんの本音が出た素直な文書だと思われる。

 宗教なり信仰から考えると世のため人のためと、偉そうに大上段から人を見下ろして、「人を助ける」などと思い上がってしまう。

 しかし、所詮人間。欲もあれば弱さもある。こんな私でも商人として「お客様につかえること」は出来るはずだ。

 ならば嫌々つかえていても面白くはない。裏も表もなく「ざっくばらん」にやらせてもらおう。

 そうすれば自分にとっても最高に喜びである。それ以上に相手の人にとっても大きな喜びである。と。

 ここには見栄も外聞も偉そうなところは何もない。さらに偽善者ぶったところもなにもなく、素直にほっと出た言葉なのだろう。

 おそらくここからダスキンの企業スローガンである「喜びのタネ」という言葉が生まれたのだろう。

 最後に鈴木清一さんの追い求めた理想、つまり時代が変わっても変わらない『経』はなんだったか?

 最後にダスキンの経営理念を掲げてこの連載を終えることとしたい。どうも長い文章お付き合い有り難うございました。 

合掌

ダスキン経営理念写真:鈴木清一さん直筆のダスキン経営理念


【ダスキン経営理念】

一日一日と
  今日こそは
あなたの人生が
 新しく生まれ変わる
  チャンスです。

自分に対しては
 損と得とあらば
  損の道をゆくこと。

他人に対しては
 喜びのタネまきを
    すること。

我も他も
 物心共に豊かになり
  生き甲斐のある
  世の中にすること

 合掌


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【今回の連載でお世話になった方々と問い合わせ先】
(1)ダスキン本社広報部
 野田朋宏様
(2)ダスキン誠心館館長
 石井善子様

【参考文献】
(1)『われ損の道をゆく』
鈴木清一著、日本実業出版社発行
(2)『鈴木清一のことば』
ダスキン祈りの経営研究所、ダスキン発行
(3)『ダスキン創業物語』
岡本学著、ダスキン発行

*上記書籍に関するお問い合わせ先
 ダスキン本社広報部:TEL 06(6821)5006


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★【最高の年に最高の縁起物を!『雪のお遍路さん』】

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