【経営】指導者研究『鈴木清一』(その2)〜トイレ掃除と経営
さて鈴木清一さんについて語る時、非常に重要なのが京都にある西田天香さんの創られた一燈園での托鉢修行の体験である。
とりわけ縁もゆかりもない家々を訪ね歩いてトイレ掃除をさせてもらう托鉢修行は大変厳しいものだった。
実はこの掃除が修行である考え方も松下幸之助と全く同じ発想である。
松下さんは85歳で松下政経塾を創られて以来しばらくお元気なうちは月に一度塾生の指導のために、大阪から神奈川県の茅ヶ崎まで起こしになられていた。
そして毎回我々塾生に対して言われたのが『君たち掃除はきちんとやっているか?』という言葉だった。
その理由が『掃除も出来ないものに世の中の掃除である改革など出来るものでない。』という松下さんなりの強い信念があった。
そのため私たちが松下政経塾にいたころは、毎朝6時に起きて30分間ランニングし、その後掃除を徹底してやるという日課だった。
とくにこの一燈園ではないがトイレ掃除はうるさく言われたものだった。中には便器を舌で舐めても平気なくらいまで綺麗にしろという先輩までいた。
私事ごとで恐縮だが、元来私は掃除が嫌いである。お客様が来られたりする公のスペースや同居している人がいる場合をのぞけば、余り掃除はしたくない。
だから松下幸之助の数々の教えの中で上の教えは自分の肌には馴染まない。正直今でも体質的には受け付けない。
自分の生活する塾のトイレですら嫌だった私にとってこのトイレ掃除の托鉢修行など、『よくぞやったものだ』と鈴木清一さんや一燈園の人たちに総理大臣賞くらい差し上げたい。
少し話が脱線してしまったが、それでは何故鈴木清一さんはこれほど大変な托鉢修行に身を投じることになったのであろうか?それまでの経緯について簡単に触れてみよう。
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彼の生家は貧しく養子としてもらわれていく。しかしこの新しい家の養母がテレビの肝っ玉母さんのような人で困った人がいたらほっとけないという人だった。
自分もそれほど裕福なわけではなかったが、とにかく困った人がいるとほっておけない人であった。
この母親が熱心な金光教の信者でその影響で鈴木清一さんも宗教に入っていく。
特に学校を卒業したあと就職したものの胸の病で死線をさ迷うが、この母の熱心な信仰の力で命拾いをしてからというもの、彼の信仰への情熱は一気に深まっていった。
それまでの鈴木清一さんは文学好きで雄弁会に熱を上げるようなところはあっても、正直どこにでもいるような普通の青年だったが、この難病を乗り越えるという経験で生まれ変わる。
それ以後というもの本当に一心に会社の仕事に打ち込む。大阪に本社がある河原商店という蝋(ろう)の卸売問屋の小さな東京の出先にいたのだが、やがて彼の働きぶりは自然に会社の上層部の目にもとまるようになる。
そのうち本社の代表社員という幹部から娘の婿にどうかという縁談が舞い込み、本意ではなかったが苦労をかけた母への親孝行のつもりで結婚。
これが運のつきだった。何しろ昔からいう『家付きカー付き』なんとかという安穏な立場。典型的な逆玉の輿だった。
何をするにも保守的な義父とお嬢様育ちで世間知らずのワガママな妻に頭が上がらない生活は不自由な『婿養子』と同然。
そうするうちに胸の病気が再発し、実家の養母のもとに帰って来たのだった。
毎日布団の中で養生している時に読んだのが、冒頭の西田天香さんの『懺悔の生活』という本であった。
これに感激し、妻とは離婚を覚悟しその気持ちを手紙にしたため出奔。単身京都の一燈園での托鉢修行の道にはいったのだった。
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ここでの修行の中でもトイレ掃除の托鉢修行は鈴木清一さんに対して大変強烈なものだった。
来る日も来る日も見知らぬ家を訪問しては『あなたの家のトイレを掃除させてください。』とお願いして許されるとピカピカにしてまた次の家を回るというものだ。
この経験の中で経営者、鈴木清一に生まれ変わることになる。
飛び込みセールスを経験されたことのある方はお分かりだろう。まず扉を開け口をきいてもらえるだけでも大きな難関である。
私も政経塾の一年生の時に経験したが大変苦労したのを強く覚えている。初めのうちは100軒回って立ち話までしてくれるのは2、3軒あればいいほうである。
当然トイレ掃除をお願いしても警戒して断られることも多かっただろう。
無料だと分かっていても見ず知らずの人間を自分の家の中に上げて、日頃汚くしている恥部をさらけだすわけだから、頼む方にも相当な勇気と覚悟が必要だ。
もしあなたが逆の立場で家に訳の分からぬ宗教団体からトイレ掃除をさせてくれと訪ねてきて簡単に家に入れるだろうか?
私が想像するに飛び込みセールスの数倍は難しいことだと思う。
だからまずまともに口をきいてくれるだけで有難いのだ。上にあげてくれて、トイレ掃除までさせてくれるとなればその人が本当の神様に見えてくるものだ。
彼にはこの修行を通じて人から何かしてもらおうという見返りを期待するつもりは一切なかった。
修行をさせてもらえるだけで十分。それが『神に仕える』奉仕の意味だった。
しかし聡明な鈴木清一さんはその奉仕が3つのご褒美がもらえるという喜びを知ったのだった。それが下の3つである。
この経験で彼は大きく3つのことを学んでいる。
(1)自分自身のメリット
トイレ掃除を通じて自分自身の気持ちが洗われて清々しくなれるということ
(2)相手のメリットと共感
トイレ掃除を通じて人様のお役にたち感謝されることの素晴らしさ
(3)結果としての実利的成果
トイレ掃除の結果、頂けるお礼が如何に有難いものかという充実感と感謝の気持ち
つまり鈴木清一さんの心の中を解析すると、(1)の自分自身の修行をさせて頂けるだけで有難いわけである。
そこへもってきてトイレ掃除に打ち込むことで身も心も清々しい気持ちになれたのだ。これが第一の喜びだ。さらに他人から感謝されるという第二の喜び。
さらにお菓子なりその家でとれた野菜なり自分の腹がふくれ、空腹を癒してくれる『神様からのお下がり』が頂ける最高の喜びが頂ける。
一燈園ではこの托鉢で頂いたお下がりしか何も口に出来ない。文字通り働かざるもの食うべからず。己れの食い口は己れで稼ぐ厳しさだ。
となれば鈴木清一さんの経験した空腹の苦しみは容易に想像できる。
トイレ掃除をしながら何度もグーグーお腹を鳴らしていたのだろう。
だから最後の空腹を満たす神様からの『お下がり』は有難い有難いわけである。
最後に修行の完成のために一番の試練が待っていた。嫌で嫌でしかたがなかった義父と妻の待つ自分の家に帰ってトイレ掃除をさせてもらうというものだ。
見栄も外聞も上辺だけのプライドも一切捨て去り、丸裸になって神に仕え、人様のお役にたつという『経営者としての筋金』が一本とおった瞬間だった。
この時、鈴木清一さんは自分の目指す経営の原型であり、理想の姿を強烈に脳裏に焼き付けたのだった。
『人間、神に真理に誠を尽していれば必ず人に感謝され、飯も食え、空腹も癒せる。いや真の経営とはこの道以外にない。真理に生きる“道”とお金を儲ける“経済”とは本来同じものなのだ。』そう確信した鈴木清一さん。
これこそが今日ダスキンが目指す『道と経済の合一』という真の経営の原点であった。
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写真:一燈園 西田天香師
写真:掃除着姿の鈴木清一さん

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