【経営】指導者研究『鈴木清一』(その6)〜『理念なき経営は罪である』
さて仙涯禅師(1750〜1837)の『□△○』の絵によって、今日の企業経営には
『政治』=□
『経済』=○
とならび『宗教』=△という要素が大変重要だと言うことはすでにお分かりいただけただろう。
今ここに、鈴木清一さんの『祈りの経営』をさらに深く考える上で大変参考になる言葉があるのでご紹介しよう。
インドのデリーのラージガードを訪れると非常に美しい記念公園がある。(写真出典)
ここにあるのがインド独立の父として知られるガンジーの慰霊碑がある。
この碑文には下記のように記されている
★★★★★★★★★★
【七つの社会的罪(Seven Social Sins)】
【1】理念なき政治(Politics without Principles)
【2】労働なき富(Wealth without Work)
【3】良心なき快楽(Pleasure without Conscience)
【4】人格なき学識(Knowledge without Character)
【5】道徳なき商業(Commerce without Morality)
【6】人間性なき科学(Science without Humanity)
【7】献身なき信仰(Worship without Sacrifice)
★★★★★★★★★★
マハトマ・ガンディー(1869年-1948年)とは、ご承知のように、インド独立の父として知られ、宗教家であり、政治指導者であった。「マハートマー」とは「偉大なる魂」を意味するという。
写真:インド独立の父 ガンディー
彼は「非暴力・不服従」を提唱した。この思想によりイギリスの勢力に徹底的に抵抗し、多くの苦難の末に最終的に独立を勝ち取った。
彼も鈴木清一さんと同じように深い宗教家としての境地から発想し行動していた。
このガンジーの言葉のうちでも特に『【1】理念なき政治』と『【7】献身なき信仰』の2つが一番重要な言葉であろう。
【1】理念なき政治とはまさに『□△○』の中でいう□の政治には、理念すなわち△としての宗教=真理、理念こそが必要不可欠という意味だ。
ガンジーもまさに仙涯や弘法大師の考え方に共通しているといえるだろう。
そしてもう一つ重要なのが、【7】献身なき信仰である。鈴木清一さんの生涯を振り返った時、なんといっても一燈園のトイレ掃除の厳しい托鉢修行を抜きに語れない。
ガンジーも鈴木清一さんと同様、単なる思想家ではなく、実際の社会の中における活動家である。
それゆえに、この『献身なき信仰』という言葉は奥が深い。
つまり、ご利益頂戴や単に手を合わせたり念仏を唱えるだけの信仰は、真の信仰とは呼べない。
鈴木清一さんの『祈りの経営』とは厳しい現実の中で、自分を犠牲にしてでもという実践としての『献身』が求められるのだ。
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