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2008年3月 4日 (火)

【経営】指導者研究『鈴木清一』(その5)〜□△○祈りの大切さ

 『最大の名誉は決して倒れないことではない。倒れるたびに起き上がることである。』とは孔子の言葉である。

 一旦地獄を見て這い上がってきた人間はそれだけで、とてつもなく力強いものである。

 松下幸之助さんも終戦後の財閥指定による苦難を乗り越えた後は、折からの高度経済成長や三種の神器と言われた家電ブームにものり、奇跡の経済成長を成し遂げた。

 と同時に鈴木清一さんもダスキンの創業後は文字通り破竹の勢いで経済発展を成し遂げた。

 ダスキンのフランチャイズ店の全国展開、ミスタードーナツとの提携、全国展開。そして世界で有名なフランチャイズチェーンに贈られる賞の受賞。

 『喜びのタネをまこう』というスローガン同様、全国に鈴木清一さんの経営思想に共感したオーナーさんや、働きさんと呼ばれる従業員の人々の輪が急速に広がっていったのである。

 私も何本か実際に鈴木清一さんのお話になる姿のビデオを研究したが、最も驚かされたのは、その情熱と気迫に溢れた話し方だった。

 かつて学生時代に雄弁会にはまって学校の勉強はほったらかしにしたほどの人だけに、その話し方は流暢でよどみない。

 初めは宗教家として物静かで穏やかな内向的な人をイメージしていたのだが、明らかに期待は裏切られた。

 彼の語りは宗教家というよりも革命運動の若き指導者のごとき様相である。

 当時としては比較的上背もあり、すっきりスリムな体型で、顎には洒落た白い髭を蓄え、蝶ネクタイなどをつけた姿は英国紳士のようですらある。

 しかし一方で革命運動の若き指導者然とした語り口でエネルギッシュに圧倒する話し方。

 そして滔々と自分の信念と理想を訴える姿は、そこらの金儲け一辺倒の経営者とは全く一線を画している。

 先にお話しした資料館には様々な鈴木清一さんの生前の遺物が展示されている。

 よく観察して見ると、手帳にしろメモにしろ、紙の大きさ一杯にビッシリ文字が詰まっていて、その繊細でデリケートな一面が窺い知れる。

 驚いたのは鈴木清一さんの使った手帳の展示の前にはなんと虫眼鏡がおいてある。それくらい小さな文字がびっしりと詰め込まれているのだ。

 若いときに友人と同人誌を作り自らガリバンを刷って昼夜なく打ち込んだという経験からか、実に多くの文章や詩歌を直筆でしたためられている。

 こうした遺品をじっくりと眺めれば眺めるほど私は一つの確信を得るのだった。

 それは鈴木清一さんの本質は神経質で内気な文学青年であり、壮絶な経験と宗教による祈りの強さによって計り知れね程のエネルギーと信念を『後天的に』身に付けたとしか私には思えないのだった。

★★★★★★★★★★

 さて鈴木清一さんの成功の秘密を色々探ってきたが、その『祈りの経営』から来る信念の強さに最大の秘密があることがわかった。

 しかし生きてこられた時代背景や生い立ちから、『宗教』や『祈り』が重要なファクターであるのは頭では理解できる。

 しかし疑問なのは何故祈りが必要であり、どういう効果があるかということだろう?

 この話をするときにいつも私が思い浮かべる一枚の絵がある。それは下の仙涯禅師(1750〜1837)という江戸時代の臨済宗のお坊さんが書かれた絵である。

Sengai3写真;仙涯禅師作『□△○』

 かつて出光のガソリンスタンドにこのマークが描かれていたことがあるのでご存知の方もお見えになるだろう。

 この絵は出光興産の創業者である出光佐三さんがつくられた出光美術館に所蔵されているものである。

 実はこの絵が何を意味するかは描いた本人の仙涯禅師は何も語っていない。

 そこで出光佐三はこの絵を海外に紹介するとき、自ら広大無辺という意味の『宇宙』を表現しているとした。

 これに対し禅の教えを海外に紹介したことで知られる仏教学者の鈴木大拙はこの絵を『The Univers』として訳した。その結果、海外ではこの絵は『宇宙』として知られている。

 実はこの絵は、四国八十八ヵ所めぐりの第21番札所太龍寺にあるロープウェイにも描かれている。

 これは弘法大師の大師の教えである、

 『政治=□』
 『経済=○』
 『宗教=△』

という本来異質なものが融合して宇宙は成り立っているのだという考えをもとにしている。

 つまり宇宙の成り立ちのすべてを『経営』としてとらえた場合、

 経営=□+△+○

という方程式で表されるということだろう。


 わたしが申し上げたいのは、この『政治』、『経済』、『宗教』の3つの融合という点である。

 松下政経塾という名前のように『政経』というのはよく用いられるが、これに宗教が加わった組み合わせというのは確かに異質なもの同士だろう。

 さてそれではこの弘法大師の教えは、現実の企業経営の世界では一体どのように解釈したらよいだろうか?

 私は下記のように考えている。すなわち企業という一つの宇宙を考えてみよう。

 当然そこにはメーカーならば『開発』、『生産』、『販売』。流通業なら『仕入』、『販売』などのラインの業務が中心となる。

 これに『人事』、『総務』、『経理』などスタッフ系の仕事。

 また『物流』、『情報システム』、『サービス』などの仕事が存在するわけである。

 こうした要素すべてが融合して企業という一つの組織の機能、すなわち『宇宙』が成り立っているといえる。

 しかし、こうして細分化された機能も突き詰めれば、すべて『人と組織の問題』をどうするか?という点。

 それと『お金の問題』をどうするか?という2つの問題に集約出来ると思われる。

 これが弘法大師の教えの『政治→人と組織』、『経済→お金』と置き換えられるだろう。

 誰もがここまでは容易に理解できると思う。

 問題は企業において『宗教』というものをどのように理解するかである。

 これは何のために経営を行うか?という経営理念や企業としての使命(ミッション)や追求すべき真理という要素だと考えられる。

 つまり企業組織における『政治→人と組織』、『経済→お金』の2つの問題ともに相反する異質なテーマだが、これらの問題を矛盾なく解決し、統合するところに『宗教』という要素が必用なのだと理解してよいだろう。

 私は多かれ少なかれ、『宗教』という心、理想、理念、正義、使命、祈り、やる気、魂、気、情熱、統合、調和というような要素は必ずどんな組織でも必要だと確信している。

 宗教を単にどこかの特定の宗派に対する信仰と狭くとらえるのではなく、もっと大きな意味で理解するとしよう。

 ならば、鈴木清一さんの目指した『祈りの経営』はどの企業にも欠かすことの出来ない不可欠な問題だと言えるだろう。

 いやともすると今日まで近代の物質主義、行きすぎた合理主義の中で、軽んじられてきた、教育や心のストレス、福祉や医療、環境の問題など社会における歪みの部分に目を向けたとき、今こそ我々の住む『宇宙』の中では『宗教』の要素が最も必要な要素といっていいだろう。

 単に年寄りが神社・仏閣で手をあわせて拝み、祈るという表面や形式のみに囚われると『まっこうくさい』とか『年寄りくさい』、『胡散臭い』、『偏っている』となる。

 しかし『祈りの経営』を広い意味でとらえることこそ今日の企業には一番大切なことである。

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★【最高の年に最高の縁起物を!】『雪のお遍路さん』

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