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2011年2月 8日 (火)

【寒中見舞】『25年の特別な意味』

【寒中見舞】『25年の特別な意味』

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    皆様、寒中お見舞い申し上げます。

私、『改革のプロフェッショナル』、ダイブツこと、株式会社ニューポートの宇佐美泰一郎 (松下政経塾塾員(7期生)、中小企業診断士、環境プランナーER)です。

ご無沙汰いたしておりますが、皆様お元気でお過ごしでしょうか?その節は大変お世話になりました。

今年は、さる2月3日が旧暦の1月1日元旦、また2月4日は『立春』にあたります。暦の上ではこの日から新しい年が始まりました。

どちら様も幸多き一年であられることを心よりお祈りいたします。

また年賀状を頂いた皆様にはこの場をお借りしてお礼を申し上げます。

さて本日は少し遅めのお年玉として、今年の干支である卯にちなみ、縁起のよい大黒様をあしらい因幡の白兎をモチーフにした、私自筆の『笑門来福』のイラストを添付ファイルにてお送りさせていただきました。よろしくご査収下さい。

これを受け取った皆様に、次々と笑顔と多くの福が訪れることを私ダイブツも心よりお祈り致しております。

■『25年は特別な年 !?』

さて本日は『25年は特別な年』というテーマで少しお話を申し上げたいと思います。少し長くなりますが、しばしお付き合いのほどを!

『25年』といえば一般的には、四半世紀とか銀婚式が結婚25年目を祝うのがすぐに思い付きます。

また、年金をもらうための「受給資格期間」が最低25年であります。25年以上納めませんと年金がもらえません。

こうした一般的な意味はさておいて、本日はちょっと違う観点で25年の意味をご紹介いたしましょう。

■はじめにクイズです!

ところで私が卒業いたしました松下政経塾でお世話になった経営の神様、松下幸之助翁。

皆さん、突然ですが、ここで一つクイズです。松下幸之助さんの成功の秘密はなんだったでしょうか?

答え。実はその最大の秘密は『志』の『高さ』と『強さ』にあるとされています。

それでは幸之助さんはどんな志を持たれていたのか気になるところですよね!?

それにはこんな逸話がありました。

■松下幸之助の志とはなんだったか?

大正7(1918)年、23才で創業された松下幸之助さん。昭和7(1932)年、創業から14年目、37才になったその年の5月5日、松下幸之助さんは当時の全社員168名を大阪の中央電気倶楽部に集め、これからの松下電器(現パナソニック)が将来に向かって果たしていくべき真の使命を明らかにされました。

「水道の水は加工された価のあるものであるが、道端の水道水を通行人が飲んでもとがめられることはない。それは、その量が豊富で安価だからである。当社の真の使命も、物資を水道のごとく安価無尽蔵に供給して、この世に楽土を建設することである。」と。これが有名な『水道哲学』と呼ばれるものでした。

さらに、幸之助さんは今回のテーマの『25年』にちなんで、こんな話を続けておられます。

■松下幸之助にとって特別な25年の意味

『そしてその使命達成のための方途として、「この日以降、建設時代10年、活動時代10年、社会貢献時代5年、計25年を1節とし、以後同じ方針・方途を時代の人々に伝えつつ、これを10節繰り返し、250年後に楽土の建設を達成しよう」という250年計画を発表しました。

そして、この時の志が今日、世界のバナソニックを生むもととなり、これが松下幸之助成功の最大の秘密だったのでした。

いかがですか?『25年』というのは特別な年でしょう!?それではもう一つ25年にちなんだお話を。

■もう一つの特別な25年とは? 

松下幸之助さんとならんでもう一人、私の人生の恩人が私の母校、早稲田大学の創設者、大隈重信公です。

先日友人に案内されて初めて国会議事堂の中を見学させていただきました。その時一番感動したのが、国会議事堂の中央玄関を入ってすぐの中央広間に置かれた3つの銅像でした。

四階吹き抜けの構造で高さは32.36m。他の場所と比べてここだけは清々しい気が通っております。

そこに置かれた3つの像とは、日本の議会制民主主義の確立に貢献した、初代内閣総理大臣、伊藤博文、『板垣死すとも自由は死せず』で有名な自由民権運動の板垣退助、そして我らが早稲田大学の創設者にして偉大なる政治家、大隈重信の三人でした。

なにかと問題が多い日本の政治ですが、ここに来ると文字通り命がけで自由と民主主義を勝ち取った人たちの志の息吹に接することが出来、改めて清々しい思いがします。今流行りの隠れたパワースポットと言えますね。(笑)

■早稲田の創設者、大隈重信公にとっての特別な25年とは? 

さてお話を特別な25年に戻しましょう。

実はこの大隈重信が唱えた『人生天寿125年説』というのをお聞きになったことがあるでしょうか?

これは簡単に言うと「地球上の動物は成長するまでにかかる年数の5倍は生きる」とし、そして、人間は25年かかって成長を終えるので、25×5で、「125歳まで生きられる」というものです。

これについて早稲田大学の公式ホームページでは下記のように詳しく述べています。ちょっと長いですが、少し引用いたしましょう。

■大隈重信の『人生天寿125年説』とは?(早稲田大学公式ホームページより)

早稲田大学創立者・大隈重信は、常々「人生125歳説」を持説として語っていた。「人間は本来、125歳までの寿命を有している。適当なる摂生をもってすれば、この天寿をまっとうできる」というものである。
その根拠は、「生理学者の説によると凡ての動物は成長期の五倍の生存力をもっているというてある。そこで人間の成熟期はおよそ二十五歳というから、この理屈から推してその五倍、百二十五歳まで生きられる」(大隈重信述「人寿百歳以上」)というものであった。

この大隈重信の「人生125歳説」は非常な評判となり、当時のジャーナリズムに何度も紹介されている。そのため、早稲田大学および大隈重信に関連する記念行事では、125という数字が、かねてから重要なエポックとして特別視されてきている。

創立45周年(1927年・昭和2年)に竣工した大隈講堂の塔は125尺(約38メートル)に設計され、また、1963(昭和38)年には、大隈重信の生誕125年記念行事が催されている。

大隈重信自身は、77歳で第二次大隈内閣を組織し、83歳まで生きている。「若し吾輩にして、此の百二十五歳定命説を理解することが、もし今三十年早かったならば」という言葉を残しているが、日常生活はいたって規則的で、当時の日本人の平均寿命を考えるとかなりの長寿であった。

以上が公式ホームページからの引用であるが、私にとって二人の恩師が、この25年を特別な年としてとらえているのは、単なる偶然としては出来すぎかも知れません。

■私ダイブツこと宇佐美泰一郎の特別な25年

不思議なもので、二人の恩師が揃って口にした特別な25年の意味。

実は私事で恐縮でありますが、24才で独立創業し、今年の12月の誕生日に49才となり、丸々25年を迎えることになります。

思えば山あり谷ありの25年でありました。しかし、こうして無事に今日まで仕事をさせて頂いたのは、命を与えて頂いた両親。多くの教えを頂いた先生がた。

素晴らしいお仕事をご一緒させて頂いたお客様ならびに関係者の方々。また趣味に遊びにご一緒した友人たち。数えあげればきりがないほどの多くの方々のご指導ご鞭撻の賜物であります。

この場をお借りして、心より深く深く感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

■これまでの25年間の活動

さて、こうして皆様からご支援頂いた、この25年間。私は一貫して『改革のプロフェッショナル』として、数多くの改革の現場で実践活動を行ってきました。

そして単に企業経営のみならず、あらゆる組織で通用する、独自の改革理論と手法の開発、ならびにそのブラッシュアップに日夜努めてきました。

また師匠である松下幸之助の研究を通じ、机の上の理屈だけではない、時代を創り出せる真の経営者教育、指導者教育にも取り組んできました。

■25年間の集大成
~新しい経営者教育プログラムの開発~

そして、いよいよ25年の集大成として、昨年、多くの方々のご協力により、どこにもない自慢の経営者教育ブログラムを開発いたしました。

タイトルは『松下幸之助に見る4つの経営者能力』という全く新しい経営者、および政治家をはじめ各界の指導者のための実践的教育です。

このブログラムはリーダー、特にトップマネジメントに求められる能力として、経営理念、戦略立案力、改革力などの4つを取り上げます。

『もしこの場面で自分が松下幸之助の立場ならば、何を考え、どう行動するか?』という問いに対して、皆と対話し、とにかく、じっくり考えます。

こうすることで、机上では学べない、現実の経営の修羅場において、自らの力で『考える』ことの出来る、本当の応用力、実践力を培います。そして経営者、指導者としての器量を磨きます。

今後も本ブログラムの完成を目指し、益々磨きをかけていきたいと思います。皆様の応援をよろしくお願い申し上げます。

(本ブログラムに、ご興味ご感心のおありの方は、お気軽にお問い合わせ下さい。)

■事務所移転を機に心機一転

それから昨年、事務所を大阪府吹田市江坂から、同じく大阪府池田市槻木(つきのき)町へ引っ越しました。

大阪梅田から阪急宝塚線池田駅で下車。国道176線沿いに、駅を背にして左手方向(西)に徒歩2分。赤レンガ造りの4階建のビルです。ここの2階がニューポートの事務所、3、4階が自宅となります。
(本メール最後の詳細住所をご参照下さい。)

昔から『居は気を移す』(「孟子」尽心上)と言い、「住む場所や地位によって人の気性は変わる」と申します。私もこれを機に心機一転気持ちも新たに次の「25年」に邁進していきたいと存じます。お近くへお越しの節はぜひ遊びにおいでください。

■これまでの25年とこれからの25年

~今後は日本再生に向けて全力投球していきます!!~

この25年間、私自身振り返っても、まだ何も知らず、ただ情熱と若さだけで創業した24才の時と比べると大きく変わりました。

稚拙な一歩一歩の積み重ねでありましたが、お陰様でこの道一筋で今日までやってきました。

25年も立つと腹が据わってくるとでもいいましょうか、一つの確固たる基盤が出来上がった思いがいたします。

これまでの25年は、人生においても仕事においても、鉄壁にして不動の基盤を作るための25年間。

そして、これからの25年はこの基盤を活かし、まさに世のため人のため、我が志を実現するために、本当に大暴れするための25年に致したく、気を引き締めております。

日本の社会は今、日一日と閉塞感が強まっています。我が国日本が今一度夢と誇りを取り戻せるよう、日本再生に向けて、皆様と一緒に立ち向かって行こうと思います。

今後とも、これまでにも増して皆さま方のご指導ご鞭撻、お力添え賜りますようお願い申し上げます。

最後に今後の皆様のご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

合掌

2011年2月7日大安吉日

宇佐美泰一郎 拝

* このメールは今までご縁を頂いて、名刺などでメールアドレスを頂戴した皆さんにお送りしております。

* 万が一誤ってお送りした場合など、メールの配信拒否をご希望の方は、お手数ですが本メールに対して『配信拒否』というタイトルでご返信下さい。

ダイブツ 拝

◆◆◆   

【新事務所に移転しました。】

株式会社ニューポート
宇佐美泰一郎

〒563-0057
大阪府池田市槻木町5-1ツキノキビル2F (『ツキよこい』)

●阪急宝塚線池田駅前、国道176号線沿いに西へ徒歩3分

TEL:072-702-3535
(『さーこい、さーこい』)
FAX:072-702-3777
(『さー、スリーセブン』)

【改革支援サイト】
http://newport.jp

【詳細プロフィール】
http://www.newport.jp/jp/NewPort/top.html

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