人生

2008年2月 6日 (水)

【人生】『ダイブツ流人を見分けるコツ』

「クセ」と「タチ」
〜『ダイブツ流人を見分けるコツ』〜

 友達、夫婦、恋人、進入社員、ビジネスのパートナーなどとかくこの世の中は人との『縁』であり、『出会い』によって成り立っている。

 仏教でいう縁には「良縁」と「悪縁」があるのをご存知だろうか?たいていこちらが調子が良く、乗っている時にどちらも集まってくるから質が悪い。

 悪縁とはパッと見栄えは必ずいいものだが、本質が良くない。特に相手がビジネスパートナーだとなおさらだ。

 縁にちなんだ有名な言葉のなかでも特に『人との出会い』、『良いパートナー選び』についてのものだけでも以下のように沢山ある。

 折角の機会なので一つ一つ味わって読んで頂きたい。如何に人との出会いが不思議なものか分かるだろう。

━━━━《縁にまつわる有名な言葉》━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


◎合縁奇縁 (あいえんきえん)
 人と人との気心が合う合わないということは、すべてこの世の中の不思議な因縁(いんねん)によるということ。

◎悪縁 契り深し (あくえん ちぎりふかし)
 よくない縁とわかっていても、そういう悪縁こそなかなか断ち切ることはできないものだということ。

◎腐れ縁は離れず(くされえんは はなれず)
 この世の中で起こるいっさいのできごとはどんな小さなことでも、すべて前世からの因縁によるのだということ。

◎袖すり合うも他生の縁(そですりあうも たしょうのえん)
 道で見知らぬ人と袖がちょっと触れ合うようなささいなできごとでも、それは単なる偶然ではなくてすべて前世からの因縁によるもの。だから、どんなささやかな出会いもたいせつにせよということ。なお「他生」は「多生」とも書く。

◎縁なき衆生は度し難し (えんなきしゅじょうはどしがたし)
 人の忠告を聞き入れようとしないやからは救いようがないということ。

◎縁の切れ目は子で繋ぐ (えんのきれめはこでつなぐ)
 夫婦仲が冷たくなり、あわや離婚という事態になっても、子供の存在が切れそうになった縁をつなぎとめてくれるということ。

◎縁は異なもの 味なもの (えんはいなもの あじなもの)
 男と女のめぐりあい、結びつきというものは、予測のつかないほんとうに不思議なもの、おもしろいものだということ。

◎金の切れ目が縁の切れ目 (かねのきれめがえんのきれめ)
 金があるうちは続いていた縁(関係)も金がなくなると、相手はてのひらを返したように冷たくなり、だれもが離れていく。つまり、金がなくなったときが縁の切れるときであり、人間と人間のつながりは金銭上の利害損得によって成り立っているものだということ。

◎腐れ縁は離れず (くされえんははなれず)
 別れようにも別れられず、だらだらと続くのが腐れ縁というもの。こうした悪縁はなかなか断ち切りがたいということ。

◎釣り合わぬは不縁のもと (つりあわぬはふえんのもと)
 育った境遇がかけ離れていて釣り合いが取れない者どうしの結婚は、うまくいかなくなることが多いということ。「不縁」は離縁の意。

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 このように人との出会いにおいては、同じ縁でもこの『良縁』か『悪縁』かを的確に見分けることが大切である。

 それを見抜く方法が一つある。

 相手の「クセ」が悪いのか、「タチ」が悪いか識別するのだ。

◎ クセが悪いとは例えば泥のついた形のよくない大根です。スーパーでは売れないが中はどこも悪くない。
 つまり見た目は悪くてもこちらの付き合い方や使い方さえ良ければ、うまく使える場合。

◎ タチが悪いとは見た目も綺麗でどこも問題ないが、中を割ってみると害虫が食い散らかして、食べられたものでない。

 この場合、相手のキャリアや外見、目先の利益に繋がるかいなかなど、こちらに私心があって目が眩み本質が見抜けない場合である。

 このクセとタチを見抜かないと大きな失敗をするのである。私の判断基準ははっきりしている。

 これは国籍も民族も文化も越えて世界中でビジネス、商売を行う上で最も大切な『信用』のもとになるものである。

(1)約束を守る人か?
=決められた約束をキチンと守る人か、またトラブルに対して誠意ある対応をとる人か?など。

(2)お金にしっかりした人か?
=借りたものは期限までに払うか?支払いはしっかりしているか?細かい条件も互いの信頼に基づいているか?など。

(3)時間にしっかりした人か?
=決めた時間に遅れない。締め切りは守る。細かい時間も疎かにしない。人を待たせない。など

(4)クイック・リスポンス=相手の連絡に対して返事や対応が早くて誠意があるか?また遅くなる場合でもその旨連絡がきちんとしているか?など。

以上の4点である。

 最初の3つはどんな国でも、どんな民族でも普遍的に共通である。

 そして最後の一つのクイック・リスポンスは、このベースとなる互いの信頼を成立させているコミュニケーションの基本だ。

 さてあなたもこの
『クセ』と『タチ』を4点見抜く方法を実践されたらいかがだろうか?

【※】この記事は書きかけです。今後人生経験が増すに従い、どんどんと加筆修正して行きます。


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【人生】『ダイブツ流人付き合い7つの秘訣』

『ダイブツ流
  人付き合いの
    7つの秘訣』

1.人を知り
2.人を見て
3.人を選び
4.人を超え
5.人と交わり
6.人と離れ
7.初めて真の『朋』となる

特に4と6が一番大事なポイントである。

4の『人を超える』というのは、1から3まではこちらが主体的、合理的に働きかけを行うが、さらにそれを越えた腐れ縁のような場合。

相手と同じ視点、同じ意識など所詮同じ土俵にたっていればケンカになったり、対立がより酷くなる。

こうした場合、相手と少し距離を置き、相手の長所・短所を冷静に見て、相手よりも『一段高い所』から、余裕をもって相対することである。これが『人を超える』という意味だ。

6の『人と離れる』とは文字通り、距離を置く、しばらく会わない、会えない。あるいは相手と異なる仕事したり、別の支店に移ったり、別の会社に変わる、相手と違う地域に引っ越しする、別居するなど。

とにかくべったりと一緒にいると相手がいることが当たり前になり、その有り難みが分からない。

だからこそ真の人間関係を作るには、『人と離れる』ことが大切である。

そして7番目の『朋』という字であるが、この意味は単なる『友』とは違う。

『友』とは同じ学校や会社、地域など空間や時間を共有しただけの人を指す。つまり偶然出会っただけのその場の浅い付き合いのことである。

これに対して『朋』というのは、年齢も性別も仕事も立場も一切を離れ、共に人生を語り、共に笑い、共に苦楽を共にし、共に死んだとしても、この人となら死ねると思える人のことである。。

相手が夫婦であれ、友達であれ、会社の同僚であれ、学生時代の仲間であれ、人生において一体何人の『朋』とあなたは出会ったことだろう。

もし真の『朋』が一人でもいれば、あなたの人生は大変幸せな人生だったと言えるだろう。

さぁ、あなたもこの7つの法則を早速使ってみてはいかがだろうか?


【※】この記事は書きかけです。今後人生経験が増すに従い、どんどんと加筆修正して行きます。


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【人生】『ダイブツ流成功哲学』

『ダイブツ流成功哲学』

世の中で最も大切な発想は3つあります。

【1つめの発想】
『地球の一周は4万km。とほうもない距離と諦める前に、1日一時間4kmを30年続ければ可能な距離と考えなさい。不可能は可能となります。』

【2つめの発想】
『さらに重要なことは1日10分余分に歩いて1週間に1回必ず休むこと。絶望は希望に変わります。』

【3つめの発想】
『最後に一番大事なことは、風邪をひいて寝込んでも決して焦らず怨まず、その分健康に留意して感謝して長生きすること。苦しみが笑顔に変わります。』


ただし多くの若者は最後の『焦らず感謝して長生き』の発想が困難な人が多いから気をつけて。

【※】この記事は書きかけです。今後人生経験が増すに従い、どんどんと加筆修正して行きます。


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2007年11月18日 (日)

【人生】七五三と『とおらゃんせ』

 先週11月15日は七五三のお祭りであった。全国の神社やお寺には綺麗に着飾った小さな子供たちが両親に連れられ千歳飴を手にして晴れがましくお詣りする風景をよく目にした。

 子供の成長を祝って昔からある伝統な年中行事であり、毎年男の子は五歳、女の子は三歳と七歳の年の11月15日に行われる。

 元来は関東圏における地方風俗だったらしいが、やがて全国に広がったものだ。

 七五三が今日のように行われるようになった理由はなんだろうか?

 まず旧暦の15日はかつては暦の上からも満月の日に当たり、何事をするにも吉であるとされた。

 また、旧暦の11月は秋祭りが終わりお米の収獲を終えて神に感謝する月であり、その月の15日に子供の成長を感謝しお詣りするようになりこの日に決められたのである。

 それでは何故七歳、五歳、三歳なのであろうか?これにも諸説あるものの昔からのしきたりで、子供が年齢を経て成長しどんどんと大人になるに従って着衣や装いを変えていったことから以下のような説明が一般的である。

 まず三歳は髪を伸ばす髪置、五歳は初めて袴をつける袴着、七歳は、それまでの子供用の紐付きから本仕立ての着物と丸帯という大人の装いに変える帯解・紐落しという行事がもとになっている。

 昔から一、三、五、七などの奇数を縁起の良い数とする中国の思想の影響もある。女の子の桃の節句は三月三日、男の子の端午の節句は五月五日というのもこの思想から来ている。

 七五三と言えばつきものの千歳飴。もとは親が子供の健やかな成長と長寿を願い細く長く作ったとされている。

 その理由として昔は子供の体は大変弱く少しのことですぐに病気になり死んでしまった。そこで体もしっかりして来た七歳に神様にそれまで無事にお守り頂いたというお礼にお宮参りするのが習わしだったということも理由の一つに上げられている。

 皆さん童謡の『とうりゃんせ』の歌詞を思い出して頂きたい。この中に『この子の七つのお祝いにお札(ふだ)を納めに詣ります』というフレーズが出てくるがこれがまさにこのお礼参りのことなのである。

ところで皆さんこの『とおりゃんせ』の話について怖い伝説があるのはご存じだろうか?この歌には昔から様々な言い伝えがあり伝説となっている。

 折角のチャンスでもあるので今日はその伝説についてお話してみることにしよう。まずは子供の頃に唄った『とおりゃんせ』の歌詞を思い出してみることにしよう。

「♪とうりゃんせ、とうりゃんせ。ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ。ちょっと通してくだしゃんせ。御用のないものとおしゃせぬ。この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります。行きは良い良い帰りは怖い。怖いながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ。」

 随分懐かしいフレーズだ。皆で手を繋ぎ人の手で鳥居の形を作り、この歌を歌いながら順番にその輪をくぐり遊んだのが懐かしい。
 昔はこの「とおりゃんせ」や「かごめかごめ」をやって遊ぶ子供たちをどこの公園や広場でも見かけたものである。

 もう一度歌詞を見ると不思議なことがいくつかある。何故行きは良くて帰りは怖いのか?用の無いものはどうして通してもらえないのかなどである。

 これはネットで調べると分かるが随分諸説があるようだ。

 もともとこの歌の由来については諸説ある。まず埼玉県川越市の川越城内にある三芳野神社の前にあった「とうりゃんせ」の碑に書かれた文章が有力なものの一つである。

 これを読むと寛永元年(1624)酒井忠勝によって再建されたこのお城。当時お詣りしたい神社が城内にあり普通の人の参詣は難しく「とうりゃんせ」はそのことを表現したものだと伝えられている。

 この川越説の他には、江戸時代の箱根など関所での取りしまりを、子供が真似て遊びにするようになったという関所ごっこ説も有力な説としてある。

 この他に最も有力とされるのが次の天神参り説である。もともと七歳の女の子の成長をお祝いして天神様をお詣りする七五三の行事がもとになったとする説である。

 昔から七歳になる前の子供は「神の領域」にいると言われ、不安定であった子供の魂は、七歳になって安定し、この世に定着すると考えられていたことが根っこにあるのだ。

 そのため子供が七歳になると天神様にお詣りをして「これまでは神の子として神様に守って頂いたが、これからは他に頼ることなく自らの力で災難を払いのけなさい。」と天神様から教わるのだという。

 そのため、「神様に守られていた行きはよいよいであるが、もはや神様に守ってもらえない帰りは怖い」ということになるのだ。

 七歳までは神の世界にいて、その後は人間の世界に属するというのは面白い考え方である。

 昔は数えでいうので今なら丁度小学校に上がる歳の8歳に当たるのだろう。つまり小学校に上がる前までは神の世界にいて、小学校に上がると人間の世界に入るという意味なのである。

 確かに言われてみれば、そうだろう。それまではただ毎日親のもとで遊んでいれば良かったのが、小学校に上がれば嫌でも勉強しなくてはならなくなる。

 また通信簿などを通じて評価され、回りの人とも競争しなくてはならなくなる。つまり人間世界の過酷な競争社会に飛び込むのがこの歳ということにもなる。
 そう考えるとこの七五三の行事は、我が子の成長を願い神に感謝するだけでなく、親の立場からすれば、これからこの子も「神の世界」を卒業し激烈な競争社会である「人間世界」に入ります。

 神様どうかこの子をこれからの受験戦争、出世競争、弱肉強食の地獄のような社会の中で、いつまでも子供の時のような澄んだ心を失なわず、立派に勝ち抜いて欲しいという、子供の将来を案じてのお詣りの方が素直な解釈かも知れない。

 これからは神社で七五三をお祝いする小さな子供を見かけたら、「そうか、この子もいよいよ戦闘服に着替えて競争社会に船出するのか。小さいのに大変だが是非頑張ってね。」というまた別の意味でもお祝いしてあげようと思うのであった。

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《ダイブツ君絵描き歌》

2007年10月 8日 (月)

【人生】『鼻歌交じりの命がけ』

 仕事柄、色々な会社の経営者の方とお話しすることが多い。特に最近このブログをはじめてから、『宇佐美さん、ブログ見てますよ。』と声を掛けられることが増えて少々戸惑いと照れ臭さを感じることがある。

つい先日もある講演の講師を頼まれて出向いていった時のことだ。講演終えて一息ついていると、ある中小企業の経営者だと名乗る方が私に話しかけてきてこんなことをおっしゃるのだ。

 『宇佐美さんのホームページの中の「鼻歌交じりの命がけ」、あれいい詞ですね。本当、あれで人生開き直れました。助かりましたよ。妻からも子供からもお父さん、明るくなったって言われます。宇佐美さん、本当に有り難うございました。』と。

その時私は「そういえば昔書いた詞をサイトにのせていたな」ぐらいしか思っていなかったので、正直「こらゃ、またマズイこと書いたかな?」と思って載せてある文章を確認してみた。
この詞は、今皆さんがご覧になっている画面上のメニューの中から『大仏君の素顔』を選んでいただき、さらにその中のエッセイのコーナーに載せてある。

http://www.newport.jp/jp/WhatDaibutsu/index.html

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『鼻歌交じりの命がけ』

                              作:宇佐美泰一郎

       なあ、若者よ。
                  人生はつらい。
       でも楽しい。
                   そこが微妙なあやなのだ。

       人生は有限だ。
                必ず誰もが死ぬ。
        しかしそれを嘆いても仕方ない。

       でも私は考える。

       同じ死ぬなら
            胸を張り
                  正々堂々と
                       心の底からこう叫びたい!

      「私ほど
            幸せに満足して
                     生きた人間はいない」と。

       好きな仕事をし
                     好きな人たちに感謝され

       そして裕福とは
             言えないが
                     普通に生活もさせてもらった。

        これが人生最大の
              喜びといわずして
        なにが喜びと
                     いえるだろうか?

         テレビでは評論家が言う。
              「政府が悪い。誰々がわるいと。」

         じゃー聞こう。
                評論家のいうことを聞いて
         本当に日本は
                     変わったのだろうか?
         本当に世界は
                     変わったのだろうか?

         そろそろめざめろよ。皆!
                そして自分のために生きようよ。

    楽しい人生生きようよ。

    上司の顔色
       うかがってどうなるものでもあるまい!?

    どんなに顔色うかがっても
            首切られるときは首なんだ。

    たった一つの命だろ。
         たった一つの人生だろ。

    逃げてどうする?
         避けてどうする?

    幸せになろうよ。

    自分の命だろう?
          自分の人生だろう?

    さあ、やろうよ。

    涙はお葬式のために
          とって置こう。

    笑顔でいこうよ。

     「鼻歌交じりの命がけ」

             「鼻歌交じりの命がけ」

    さあ、皆で唄おうよ。

    君の命が見える。
           君の血潮を感じる。

    逃げるんじゃない。
          逃げてどれほどの価値があるというのだ?

    戦えよ。
      生きるんだろ?

    だったら出来るよ。
          絶対に。

    だって人間だろ?

    やれば出来るさ!?
          自信を持とう。

    さあやってみようよ!

    この長い道程のため。
          この長い道程のため。

    期待してるよ。

    さぁがんばろう!

 (※発表当時のものに一部加筆修正しました。)

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 正直、書いていた自分自身若いときの文章で多少赤面させられる。
ゴツゴツしてあらけずりで。確か落ち込んだ後輩を励ますため勢いだけで書いたものだったと思うが、やたらこの文章がいいという友人がいたのでサイトにのせた経緯がある。

 今私の目の前にいる経営者の方はこの詩に大層感動して下さり家族が幸せになったとまでおっしゃっている。何か思いもかけぬところでお役に立てたと言った感じだ。

私もこの詞のどこをどう感動し何が変わったのか?どうして幸せになれたのか興味があったので、その方の話しにしばらく注意深く耳を傾けたのだった。

すると彼はこのように話すのだった。

『宇佐美さん、私はこの詞を読むまでは何事にも一生懸命、真面目に取り組むことが一番大事だと思っていました。ですから、くる日もくる日も朝早くから夜遅くまで必死に黙々と働いていたのです。

お蔭でそれまでは裕福とはいわないまでも家族全員幸せに暮らしていました。

ところが長年取引のあった得意先から、突然一方的に取引を打ちきられ途方にくれていた時にこの詩に巡りあったのです。』

とここまで話を聞いて、ちょっと普通の話じゃないなと思いもう少し乗り出して聞いてみることにした。

この経営者は話を続けた。
『今まで私は真面目すぎたんです。真面目に働くことで必ず結果はついてくるとしんじていました。

しかし今回の理不尽な一件で思ったんです。どんなに真面目に努力しても、人生不運なことは起こるのだ。それは紛れもない事実なのだと。

そんな時に宇佐美先生の講演の中で「人間志の軸が定まると生きることのすべてが自らの仕事となる」という言葉を思いだし、そして偶然この詞を見つけ感激したのです。』

その経営者のそこからの発想の転換、意識改革は見事だった。以下はその核心が続く。

『生きることの全てが仕事。ただそのなかに生きる糧を得る部分のパートがあるというだけのこと。
 そうか人生って楽しんでいいんだ。鼻歌うたってもいいんだ。それで誰からも怒られないんだ。

 そう考えると肩の力が一気に抜け自然体になれた。無駄なことは一切考えることがなくなり、目の前の霧が晴れ渡る感じになった。

 だから、得意先でプレゼンしたり商談したりするのも、飲み屋の女の子に失恋するのも、パチンコでするのも、二日酔いでゲロ吐くのも汚い話だがウンコするのも皆同じ仕事と考えたらいい。

仕事だから真剣で命懸けにもなるが、どうでもいいといったらどうでもいいこと。

だって一々結果を追求しても、今回の一件のように結局なるようにしかならないんだ。

結果が良くても悪くても気にしたってしょうがない。
それに結果に固執しようがしまいが、期待しようがしまいが、また不安に思おうがおもうまいが、要はなるようになるだけだし、私たちが出来ることと言えば、ただやるべきこと、為すべきことを為すことだけだから。

ならばあれこれ考えるくらいなら、楽しくやった方が面白いし、第一楽しい。またどんな苦労も苦労でなくなる。

こう考えると見た目には真剣に努力しているようにみえても、やっている本人に取ってみれば、子供が目新しいパソコンのゲームを買ってもらってやっているのと同じ感覚。

気楽にそれこそ鼻歌交じりでやってみる。そうするとやること為すこと楽しくなってくる。

そしてなによりストレスなどないし、一番良いのは健康にいい。

そしてぐっすり眠れる。
そして妻が私の寝顔を見ていて、朝起きたら言うんです。

『あなたの寝顔は子供のように純真で穏やかで幸せそのものの平和な顔だ』と。
妻のその言葉が私にとって一番いいことでした。と。』

この経営者の話を聞いて、なるほど人生は奥が深く、同じひとつの出来事でも表から見るのと、裏から見るのでは全く見えるものが違うのだと改めて意識改革の重要性を痛感する一日だった。

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2007年6月11日 (月)

【人生】シニアの理想の趣味とは?

 年金記録が宙に浮きお国への信頼は地に落ち、介護をあてにしていた業界最大手のコムスンがお年寄りを食い物にする不祥事。

 国や組織、企業にばかり頼るのではなく、自分のことは自分でやる、真の自己責任が益々求められるのだろう。特にシニアの生きがい、趣味などはなおさらだ。

今日は、シニアにとって理想の趣味について考えてみよう。まずは手始めに少し私の父の趣味について話したい。これがまたシニアの趣味としては大変素晴らしい、理想(?)の趣味の条件を満たしたものだと思うのだ。

 父は現在73歳。実家の名古屋に住んでいる。長年、建築の元請けの仕事をしていて、今も商売の看板はあげているが、実際は楽隠居に近い。体も健康で余生を送るには理想の状況だ。

 本来遊び人の血があるのか、若いときから趣味は多彩な人だった。当時は水上スキーやカクテル作りなどちょっと『ハイカラな』ものに凝っていたそうだ。

 しかしご多分にもれず結婚して子供ができ、仕事に追われるようになると、なかなか趣味に興じる時間はなくなった。

 ここ20年ほどは多少余裕が出てきたのか、暇をみて好きなテレビ番組をVHSのテープに録画したり、家庭用ビデオカメラで色々とってコレクションしている。熱狂するというほどではないが、いい暇つぶしにはなるという程度だった。

 しかし先日私が実家に帰ったとき、父が新しい趣味に『ハマっている』姿を目にした。その趣味というのが金魚の飼育だ。

【人生】シニアの理想の趣味とは?

 金魚といっても、一匹何千円、何万円もするものではない。もとは縁日の金魚すくいで取ってきたものだ。それが毎年毎年、どんどん繁殖を繰り返し、今では五代目まで展開させている。

【人生】シニアの理想の趣味とは?

 孫(私の弟の娘、姪)が飼っていたものを中国に引っ越すというので引き継いだのが、そもそものきっかけだった。孫から預かった以上、死なすわけにはいかず、気合いが入り、使命感がでたそうだ。。

 私も実際飼っているところをみて驚いたが、昔の子供部屋を一部屋まるまる金魚の飼育部屋にしてしまっていた。

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 たかがお祭りで取ってきた金魚を飼うのに水槽一つで十分じゃないかと思うだろう?それがあにはからんや。部屋中に、大きさの違う金魚を区分けして、5つも6つも水槽を並べている。親、子、孫と代が違うと自ずと大きさが違うのでそれで水槽を分けているのだ。

 それだけではない。水槽に入れる藻まで自家栽培している。これも大きな漬物おけのようなプラスティックの樽を部屋の外のベランダに3つ4つ置き、たっぷりと水を張り、そこにたくさんの藻(まるい球根のような玉状の株がついている本格派)を浮かべて育成しているのである。これも元の株は親戚からもらったものらしい。今ではちょっとした、ブリーダー(ペットなどをプロとして繁殖させ販売する仕事)感覚だ。

  しばらく世話をやいているのを横でみていた。これが実に根気のいる手間暇かかる仕事だ。まず、たくさんある水槽全体ををじっーと観察している。30分ほどみていただろうか?まさに我が子を見守る親の眼差しという感じだ。

 一つの水槽で泳いでいる4、5匹をじーと観察していて、水面で口をぱくつかせているのに気が付くと、水中の酸素が足りないから、水を変えてやるとバケツに水を汲んできた。

 しかし、水の入れ替えが一番神経を使うのだといいながら、細いチューブをつかって長い時間をかけて注意深く入れ替えする。それを飽きもせずじっと見ているのである。これだと時間が経つのも忘れるのだろう。これなら暇を持て余すこともあるまい。

 驚くのはほとんどお金をかけていないことだ。水槽も樽も建築の廃材のリサイクルでコストはかかっていない。もっと驚いたのは、病気になった金魚を治すのに、専用の薬を買ってくるのでなく、なんと食塩をつかっていた。

 本人に聞くと『昔、塩で治したことがあった。念のために水族館に電話をかけて質問して確認したから大丈夫。』だそうだ。よくも、そこまでやるなって感じだ。

 さらにいうと、孫から預かっているだけに配偶者である母も大変協力的だそうだ。

 それに一番いいのは、毎日金魚の成長していく姿に元気づけられたり、新しい子供たちが生まれてうきうきしたり、日々変化があるのがいいのだ。連続ドラマを毎日見ているのと同じで次の日が来るのを、わくわくして楽しみにできる。

 勿論、孫か帰省してきた時は喜んでもらえる。孫孝行もできるというわけだ。

 これはシニアにとって理想の趣味の条件にぴったりではないだろうかと思う。以下箇条書きで整理してみる。
 
(1)暇を持て余さない。(世話に手間暇かかる)
(2)お金があまりかからない(リサイクル)
(3)誰かのお役にたつ、感謝される(孫のため)
(4)気楽に長く続けられる(リスクは小さい)
(5)孤独に耐えられる(一人で楽しめる)
(6)友達ができる(金魚の趣味サークル)
(7)配偶者の理解(孫のため)
(8)毎日変化がある(金魚の成長、誕生)
(9)体や手先を使いボケ防止になる(金魚の世話に体を使う)
(10)創意工夫でき飽きがこない(人に聞いて工夫し問題を解決)
(11)生きがい、使命感が感じられる(やったことが報われる、誰かに必要にされる)

 特に(5)孤独に耐えられる、は大切だ。北欧のスゥェーデンやノルウェーでは『ゆりかごから墓場まで』で社会保障の考え方が進んでいる。かの地では趣味について、こんな風に語り継がれているそうだ。

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 人間がこの世に長く幸福に生きていくためには、ある場合、趣味はお金以上に大切である。そして次の二つの趣味が必要だ。一つはよい友達と付き合える趣味。もう一つは、一人でも孤独に耐えられる趣味である。

 特に配偶者や友人にも先立たれ、自分一人で死に直面しなければならなくなった時にこそ、死ぬまで続けられる、品の良い質の高い趣味が死を穏やかに受け入れ、孤独から救ってくれるのである、と。

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 高齢社会とは何も介護や年金の問題だけではない。人が死ぬまで、生き生きと生きがいを持って生きていけるか、ということも大切なテーマだ。仕事中毒で日本を支えてきた人たちこそ良質な趣味を持つべき時がきたのではないだろうか。

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2007年5月29日 (火)

【人生】有馬温泉での新鮮な体験

 先週、家族で有馬温泉に旅行に行った。いわずと知れた天下の名湯、関西の奥座敷、秀吉もこよなく愛した日本3大名泉の一つだ。
 江戸時代の温泉番付では、東の大関(トップ)の草津温泉に対し、西の大関は常に有馬温泉だった。


 初夏の清々しい空気と若葉をめでながら、のんびりと露天風呂に浸かり、贅沢なご馳走を頂くというのは、月並みな言い方だが、素晴らしい。


 有馬温泉には「金泉」「銀泉」と呼ばれる色の異なる温泉が有名だ。金泉とは鉄分を大量に含むもので源泉からでて空気に触れることで鉄が酸化して錆びたような色に変色する。一方で銀泉は、普通の透明な色である。


 住所は神戸市北区有馬町とあるが六甲山のふもとで蓬莱峡という峡谷を上ったところにあり、土産物屋が立ち並ぶ温泉街は大変な坂にある。


 ここ有馬温泉で私が新鮮な経験をしたのは、「有馬玩具博物館」だった。ちょうど温泉街から一本中に入ったところにあるこの建物は、6階建てでしっかりとした鉄筋のビルだ。


 よく温泉街で見かける●●博物館のような子供だましと違い本格的なものだ。かつて黒いデザインで江戸末期から明治、大正と一世を風靡して海外にも有名になったからくり人形「神戸人形」。


これにちなんで作られた博物館だけあって、世界中から集めたからくり人形のコレクションは圧巻だ。100体以上のからくり人形は中の機構構造が見えて、ボタンを押すと動きだす。


 大学時代の機械工学や機構学、機械設計の授業を思わず思い出し、一体一体なかの構造を分析しながら見ていったので時間があっというまにたってしまった。

 この他にもドイツのバーデンバーデンという温泉で有名な町を模したジオラマなどは10畳間一杯くらいに広がり、本格的なコレクションで一見の価値がある。

 この他にも日本はもとよりヨーロッパを中心に本格的なブリキのおもちゃ。
ドイツの木工の手作りおもちゃ。現地でのきちんとした映像取材をもとにした、くるみわり人形の展示などなど。ITを使った映像プレゼンも効果的で説明員も分かりやすく専門的だ。海外への研修も行なうほどの熱の入れよう。思わずかたずを飲んで見入ってしまうほどである。


私がここを訪れたのは一泊二日の初日で午後2時少し前である。一階の入り口で入場料を払おうとしたら、おもちゃを手作りで作れる工作教室が今から始まるというので、思わず申し込んだ。


まずは電動の糸ノコの使い方の練習をした。直線、カーブ、鋭角のギザギザ。肩の力を抜き、板を自分の正面に置き、板をゆっくり下絵の線に沿って動かす。少々線からはみ出ても無理に力付くでもとに戻さず、ゆっくり流していく感覚。

 生まれて初めて電動糸ノコを使う私としては本当に新鮮な経験だった。とにかく集中力が求められる。下絵の線の先端をじっくり見ながらゆっくり板をうごかしていく。しかし、力が入りすぎると線からはみだしてしまう。本当に一歩一歩、というより1ミリ1ミリといった感じだ。


練習で素早くコツを掴めたと感じた私は大作に挑戦することにした。ここでは、有名なプロの方が描かれた型紙が何十種類もあり、毎回異なる作品に挑戦できる。リピーターのお客さんも多い。


 私は、16cm×16cmの正方形で厚さ2cmの板から、十二支をもとにデザインした木製パズルを選んだ。正直一番難しく、また出来上がった作品としては一番値の張るもので、挑戦しがいがあった。時間は2時間だ。

 とにかく集中力である。一度板に糸ノコを入れると一本のつながった線を切り終えるまでは集中し続けなくてはならぬ。


結果日頃の色々なことがすっきりと忘れることができた。


何しろ、ほかごとを考えでもしようものなら、すぐさま下絵の線からはみ出してしまい、無理に力を入れれば糸ノコの刃物が外れ、機械は空回りし、大変危険な状態になる。


強制的に集中すべき環境が、他の事は考えない心地よい気持ちに誘ってくれた。座禅で深く入った時の精神的トリップにも似ている。

そうしている内に、いまやっていることは、人生そのものような気がしてきた。

一枚の板全体を見て、下絵をデザインする。これは長期的視野で、ありたい自分、なりたい自分を思い描く。


しかし、その「夢」が一旦現実に目指すべき「目標」に変わった瞬間からやるべき事は変わる。


目の前を見て一歩一歩、1ミリ1ミリ。ほかごと考えず、ただひたすら集中する。そして、長い長い時間積み上げて出来上がる人生という大作。


確かに出来上がった作品を見つめて、余韻に浸るのはいい。でも、その時おもう。他ごとを忘れ、一瞬一瞬に集中しトリップしている時間の素晴らしさと懐かしさ。


結果ではなくプロセスが大事とはよくいうが、プロセスこそ楽しいのだ。その時強く実感した。また作りたい。これも人生と同じだ。
出来れば今度は自分でデザインした作品を作ってみたいものだ。


これこそ、仏教で言う「三昧の境地」(ざんまい:心を一つのものに集中させてえられる安定した穏やかな精神状態、瞑想)というのだろう。また、一つ勉強になった。


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2007年5月23日 (水)

【人生】天職ってなに?

人がこの世に生まれで最高にエキサイティングで、背筋がぞくぞくし、ああ生まれてきて本当に良かったと思うとき

−それはいつだろうか?
−それはどんな時だろうか?
−どうしたらそんな気持ちになれるのだろうか?

人によって答えは違うが、一つ言えることがある!
それは『天職』にめぐりあった時だ。

書家のあいだみつおは次のように言っている。

『私がこの世に生れてきたのは、私でなければできない仕事が何か1つこの世にあるからなのだ。
それが社会的に高いか低いか、そんなことは問題ではない。その仕事が何であるかを見つけ、そのために精一杯の魂を打ち込んでゆくところに人間として生れてきた意義と生きてゆくよろこびがあるのだ。[出典]
相田みつを(詩人・書家)』

またキリスト教思想家、内村鑑三は、天職についてこう述べている。

『人生の成功とは実は他の事ではない、自分の天職を知って、之を実行する事である。大抵の場合に於ては天職は発見せられず、又実行せられずして、人は己が欲せず又己に適せざる事を為しつつ其一生を終るのである。 』[出典]内村鑑三(明治〜大正のキリスト教思想家・作家、1861〜1930))「地位の満足」

今辞書をひいて確認してみた。英語で天職のことを『Mission』、『Calling』という。前者は使命、すなわち神から使わされた尊い役割、責任ということだろう。

後者は神が私たちを呼んでいる、『ほら、ここにあなたしか見つけられない素晴らしい仕事があるわよ』ということだろう。

それでは天職など簡単に見つかるものか?

これは私自身、今確信していることだが、(1)私は自分にしか出来ない天職を見つけだし、(2)改革を通じて人々と喜びと感動をともにし、(3)満足とはいわないまでも生計をたてることが出来ている、世界中でもごく稀な『極めて幸せな』人間だろうと。

ただし(3)はもう少し頑張らないとうちの経理担当から怒られそうだが(笑)
ではナゼわたしが天職を発見できたか?どのようにみつけだしたか?

これについては、ここでは多くを語るのはやめよう。ブログのネタがなくなるから。(爆)

ただ一つだけ確かなことがある。私自身の天職探しの旅の最高の水先案内人は、松下政経塾であり、松下幸之助さんであったことである。
この点で私はこれ以上ないほどの深い深い感謝をしている。

ここでは詳しくは話さないが、留学中のエピソードである。研修生として働いていた先で、ある女性スタッフが羨望の眼差しで、私に言った一言は今も忘れない。

『あなたは本当に幸せな人ね。だって自分自身の天職として、世の中を変え人々のお役に立てる仕事を見つけだすための、時間とお金とチャンスがあるのだもの。こうやって留学までさせてもらえるんですもの。本当にラッキーよ。普通の人はね、大抵そうしたくても生活のため、世間体のため学校を卒業したら、好きでも嫌いでもまずどこかの組織に入るものよ。そうして一生、天職などには巡り合うことはないわ。あなたはね、自分の恵まれた立場を自覚してね、おもいっきり、やりたいことをやって世界中の人たちのために頑張ってね。』

時間もお金もチャンスも与えてくれたのは、松下政経塾と幸之助さんだった。

いま彼女の言葉を振り替えって思うことがある!

もっともっと頑張ろうと!


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2007年5月22日 (火)

【人生】少年老い易く学成り難し

はやいもので私も満44歳になった。24の歳から今の仕事をはじめ、ちょうどキャリア20年になる。

昨年の末から今迄お世話になったかたがたに満20年のご挨拶とお礼状のお手紙を順次さしあげているところだ。

有り難いことにかなりの人からお返事を頂戴した。中には十数年ぶりにやりとりした人もいて実に懐かしかった。

しかし考えてみると、44歳は立派な(?)いいトシしたオヤジである。少なくとも私も高校生の時はそう思っていたし、どちらかといえば忌み嫌っていた。
自分は絶対にそんなオヤジにはなりたくないと。しかし残念ながらそのオヤジになってしまった。

最近痛感するのは、『少年老い易く学成り難たし』と言う言葉だ。

少年老い易く学成り難し。
一寸の光陰軽んずべからず。
未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢。

階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声。

これが原文である。簡単に言うと『人生トシをとるのはあっという間よ。でも理想ややりたいことはなかなか簡単に出来るもんではないぞ。だからね、ちょっとの時間も無駄にしちゃだめさ。元気で浮き浮きな若い頃の感覚なんて夢みたいなもんでねぇ。夢見心地でいると目が覚めたら、白毛だらけのジジイになってるもんなんだよ。人生は。』っていう意味。

どうです?深いでしょ。

確かに私は天職にめぐりあい、有意義な人生を送っていると自覚もし、深く感謝もしている。

しかも日々それなりに努力もしてきたつもりだが、それでもやっぱりオヤジになってしまった。

この先もこれまでと同様、最善を尽くして生きていくと思うが、おそらくこういう文章が後に続くんじゃないだろうか?

『白髪のジジイになって初めて気付くのさ。人生は一回しかなかったんだとね。しかし、その時、悔いのない人生だったかどうかでその価値は決まるものよ。何せ最後は棺桶入ってオサラバだからな!』(ダイブツ作)

さてさてこの後の人生どうなることやら?

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