環境・自然

2007年6月 4日 (月)

【自然】懐かしいホタルの思い出

 先週の土曜日の夜、万博記念公園にホタルの夕べを見にに行ってきた。1970年の大阪万博跡地が今は立派な公園になっている。その中に広大な日本庭園があり、そこで催されたイベントだ。

 広い敷地に流れる川や滝。水辺で乱舞する無数のホタル。と、ポスターにあり思わず出掛けることにした。

 ここのホタルは、ゲンジボタルとヘイケボタルがメインだ。最近よく都会のホテルでやっているように余所でとってきたのを放すというのでなく、ここの地で自生しているものだそうだ。

10年前、滋賀県の山中でとってきて放したものが、この日本庭園の自然環境にピッタリ合い、毎年繁殖を繰り返しているのだ。

 前宣伝に釣られてやってきた私だったが、子供のときのように思わず歌いたくなってしまった。

 『ほー、ほー、ホタル来い。あっちの水はからいぞ。こっちの水は甘いぞ。ほー、ほー、ホタル来い。』と。

 誤解がないように申し上げておく。決して童心に帰って歌うのではない。 人が余りにも多すぎて、全然ホタルが来てくれないからだ。

 『本当、冗談じゃない。どこが無数のホタルが乱舞だ!一匹、二匹じゃ乱舞じゃないだろう!責任者出てこい。』と思わずノドもとまで出かかってやめた。

 都会に育ってホタルなど見たことのない若い家族ずれやカップルがあふれかえっていた。そこらじゅうで大声はあげるは、カメラのフラッシュはたくは、これじゃホタルも優雅に夜空を舞おうなんて気になるまい。

 第一、ホタルの身になって考えていない。長い幼虫の時代を乗り越えて、やっとの思いで成虫になったのだ。しかしその寿命ばわずか一週間から十日間。この間、水しか飲まない。幼虫時代に蓄えたものだけで堪え忍ぶ。

 やる事はといえば後世に子孫を残すための繁殖活動だ。つまり、あの幻想的なほのかな灯りでふわりふわり飛ぶのは必死に異性を求めているサインなのだ。時折、全員が点けたり消したりをシンクロさせるのはそのためだ。だから、周りがうるさかったり、明るかったりするのには大変デリケートなのだ。

(後の方で多少何匹かまとまって飛ぶ場所はあり、怒りはおさまったたものの) 乱舞するホタルでなく、ホタルを見て乱舞する見物人の背中をみて、すっかり興醒めしてしまった。

 しばらくして気持ちが落ち着いた。帰りの家路につく途中にふと懐かしいホタルの思い出を思い返していた。

 あれは十年近く前の話になる。当時私の友人が徳島県でツアーガイド誌のライターの仕事をしていた。その折、まだ誰も知らないホタルの穴場があるということでいってみた。

 四輪駆動のアウトドア車で山中を走ること二時間あまり。まわりは、それこそ灯り一つない、人っこひとりいない川原だった。車のライトで辛うじて確認できる程度だ。

 自然観測にかけては徳島でも有名な彼は、我々に静かにすること、明かりはつけないことを注意し、キャンプの準備をはじめた。

 川原にゴザをしき、持ってきたお酒やつまみの準備を始めた。まわりはすでにホタルの乱舞が始まっていた。

 ショーに気を取られつつも酒席の準備を急いだ。はやく自然が織り成す最高のディナーショーを始めたかったのだ。

 小さな声で乾杯すると、我々はしばし夜空を見上げ無言で酔い痴れた。言葉に出来ない、筆舌に尽くしがたいとはこのことをいうのだろう。この世のものとは到底思えなかった。

 夜空の空気は澄み渡り、六月上旬なのに少し肌寒い。清流のせぜらぎが、心地よいBGMだ。

 ホタルのお陰で久しぶりにゆっくりと夜空を見上げた私たちは、空一杯に広がる満天の星空もしっかりと目に焼き付けた。

 なんといっても、手付かずの大自然の織り成す空前のディナーショーを私たちだけで独り占め出来る最高の贅沢を思いっきり満喫したのだった。ああ生きてて良かった、生まれてきて良かったと心の底から感じられた瞬間だった。

 思い出に酔い痴れてボーとしていたが気付くとベランダでタバコを吸っていた私。ふと現実に戻り思わずひらめいた詩だ。

 〜ホタルの夢に
   酔い痴れて
    夜空に悲しき
     ホタル族〜


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2007年5月30日 (水)

【環境】大都会の中の田んぼ

 田植えの季節になった。稲刈りと並んで農家にとっては一番のかきいれどきで忙しい季節である。苗代で育てた苗を大切に一本一本植えていく。機械がなければ気の遠くなるしんどい作業だ。

最近都会では田んぼや畑をめったに見なくなった。たいていはマンションなどの住宅になるか駐車場になってしまう。 子供の頃、まだ田舎だった実家のまわりには田や畑、空き地や野原が一杯で遊び場に困ることはなかった。

しかし状況は一変。いまや都会の中で生活するものにとっては、田植えなどめったに目にしない。だから今が田植えの時期などと知る人も少ない。

 「宇佐美さん、田植えの時期などよくご存じですね。どちらにお住まいなんですか?」周りが田んぼだらけの余程の田舎に住んでいると思われているらしい。

 「いいえ、れっきとした大都会の真ん中ですよ!」と答えた私は少し自慢げにこう続ける。「確かに住んでいるのは町のなかですが私の住んでいるところだけまだ田んぼが残ってるんです。」

 大都会の真ん中に田んぼが?不思議であろう。種明かしをしよう。

 私の自宅は大阪でも選りすぐりの大きな通り、新御堂筋の添いにある。一般道ながら、高い高架で作られ、信号がないノンストップで、高速道路と変わらないほど素晴らしい道路だ。大阪の梅田から北摂の箕面までつながり、両脇には高層のビルが林立するいかにも都会の情景。脇には地下鉄御堂筋線が走っていて大阪一番の南北に伸びる大動脈だ。

 その一角に一ヶ所だけ今でも田んぼが車窓から見える地域が残されている。梅田から北へ向かい、新大阪、江坂をすぎると地下鉄は地上の高架を走る。窓からは両側の景色がよく見える。終点の千里中央駅から二つ手前の緑地公園駅を過ぎた辺りから、左手を御覧いただきたい。次の桃山台駅の手前、時間にして10数秒だがビルとビルの切れ間になんと、田んぼが見える。御堂筋線添いで田んぼが見えるのはここだけだ。昔からの地主の方が売らずに守り通してきた土地らしい。


 交通の便が最高なうえに自然が残るこの地を気に入り、住み着いて十年になる。毎日周りの田んぼや農作業を見ながらオフィスにむかう。四季折々の変化が素晴らしい。


 厳しい冬の時期から準備をはじめ、五月のGWのころに苗代を作りはじめる。
プラスティックのケースに栄養一杯の土に種が植えられる。やがてよちよち歩きの赤ん坊のように芽をだしかわいらしく生え揃う。母親の子宮の中のように暖かいカバーに囲まれて育つ。
5月下旬から6月上旬頃には田植えだ。この頃には、田んぼには水がはられ、カエルが大合唱を始める。高い声のソプラノ、アルトもいれば、ヒキガエルなどさしづめ低音を響かせるバスなのだろう。


やがて季節はうっとおしい梅雨をむかえる。梅雨の雨の恵みで稲は一気に元気な青年のように、まっすぐに天を向いて急成長する。


梅雨が空けると一気に真夏だ。カンカンと照りつける夏の太陽。このころの日の光がないと稲はよく育たない。害虫駆除や病気にも注意がいる。壮年のように立派に育った稲は見ていて眩しいくらいだ。


やがて秋になり、日一日とすくすく育った稲が黄金色に色付きたわわに実った稲穂はこうべを垂れる。空には無数のトンボが舞い、夜には静けさと少しの肌寒さの中でコオロギなど秋の虫たちがシンフォニーを奏でる。夏のカエルから主役の交替だ。


すずめやカラスが一年の収穫を横取りしようと狙ってくる。一本足のかかしの出番だ。最近のやつらは、普通のカカシではびくともしない。大きな目玉の風船や防護ネットで覆い尽くす。

しかし、いよいよ待ちに待った収穫だという時に決まって無情な悪魔の到来だ。台風である。直撃を受けた跡など大変だ。無惨にも薙ぎ倒された稲は地面に横たわり寝てしまう。


そしてとうとう最後に幾多の試練を乗り越えた稲穂は稲刈り、脱穀と収穫の時期を迎える。長い人生乗り越えた熟年のようにどっしりと落ち着き、たわわに実りを味わう。


刈られた稲は天日に干され、残りものにあずかろうとハトや雀が無数にやってきて、地面をついばむ。ときおり子供がイタズラをして石など投げ込もうものなら、それこそ一斉に皆飛び立ち、壮観ですらある。そして神に感謝を捧げる秋祭りを経て、冬支度をはじめる。こうして一年のドラマは幕を閉じる。

日本は季節とともに変化し、自然とともに生きる稲作文化の国である。毎日、田んぼを見ながら暮すと自分自身のDNAを強く意識させられるものだ。

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