名言・言葉

2007年10月19日 (金)

【名言】三猿の教えの本当の意味

陽明門日光東照宮陽明門

日光東照宮に行ってきた。秋の紅葉にはまだ少し早かったが、それでも大変空気が澄み渡って清々しい。仕事の関係で近くまで行ったので立ち寄ってみたのだが、私にはどうしても気になることがあり、自分の目で確かめたくて足を運んだのであった。

それは昨日のブログに書いた『見ざる聞かざる言わざる』の三猿の教えについてであった。ブログを書くために色々と調べていると、この三猿は8枚の絵のうちの一枚であり、猿の一生を描きながら 「人の生き方 」 を伝えているということが書かれてあった。ところが三猿については有名なので大変たくさんの解説が方々にあるのだが、この8枚の絵と解説はインターネット上にはあまり乗っていないので自ら現地で見てみたかったのである。

東武鉄道で日光の駅まで行き、そこからバスで東照宮まで向かった。しばらくして陽明門の前までやってきた。大学時代サークルの旅行で来て以来だから実に20年ぶりである。この東照宮の陽明門は昔から日暮門(ひぐらしもん)と呼ばれ、いつまで見ていても飽きないと言われるだけあって黄金の輝きが色褪せることはない。昔の人はよく言ったものだ。『日光を見るまで結構というな。』まさにピッタリの言葉だ。

さてしばし見とれていた私はふと我に返り今日来た目的を思い出した。「そうだ。三猿だった!」あたりを見渡した私はすぐにお目当てのものをみつけた。陽明門に向かってちょうど背中の側にある厩(うまや)がそれであった。これは正式には神厩舎といって、境内の中では唯一の素木造りの建物で何の装飾もない普通の木造の建物である。きらびやかな建物ばかりの東照宮の中ではかえって目立つ。

陽明門神厩舎

この神厩舎は最初は徳川家康公が関ヶ原の合戦に乗馬された馬が奉納されていたそうである。現在の大きな神社には 必ず厩舎(うまごや)があるが、この厩舎は日本の神社建築史上 最初に境内に建てられたものだそうだ。昔から 猿は馬を病気から守るとされたため猿の彫刻が彫られているのだ。写真のようにちょうど屋根の下の軒下あたりに細長く飾られている。やはり前に調べたように何枚も猿の彫刻がある。やはり三猿の彫刻が一番始めに目の中に飛び込んできた。ちょうど向かって左から2番目の絵である。次に私は他の絵に(正確には彫刻だが)目を移してみる。すると5枚の絵が書かれてあった。そして前にはモノクロの写真とそれぞれの解説が書かれてある。

「ところであと3枚ないぞ」と思い、建物の右手奥に回り込んで見ると残りの3枚が見つかった。これで本日のお目当てが全部出揃った。私はその解説文に目を通すことにした。以下がその解説だが若干分かりやすく加筆修正してあるがほぼ原文のままだ。

(1)【赤ん坊の時代】

8ザル親子の猿。母は子供の未来までも見ている

(2)【幼少期】

8ザルいわゆる三猿の教え。見ざる、聞かざる、言わざる。子供の内は悪いことは見ない、聞かない、話さない。

(3)【将来を夢見る】

8ザルじっくり腰を落ち着けてこれからの人生を考える

(4)【上昇志向】

8ザル若い内は可能性が多い。望みを大きくもって上を見る。上には上がある。

(5)-1【挫折を知る】

8ザル 崖っプチにたたされた猿。大きな挫折を体験し友達がなぐさめる。下には下があると知りうつ向いてうなだれる。

(5)-2【挫折を乗り越え地に足をつける】

8ザル 挫折を乗り越え立直り、今度はしっかりと足元をみる。

(6)【良き伴侶にめぐりあい家庭を持つ】

ラブラブ恋愛中?やがて良き伴侶を見つけ結婚することになる。

(7)【夫婦で荒波を乗り越える】

8ザル二人で力を合わせれば、世の荒波も乗り越えていける。左手下に見えるのが青い荒波である。

(8)【子供が生まれ初めて親の有り難みが分かる】

8ザル妊娠した猿。お腹が大きくなっている。やっと親の苦労がわかる。二世誕生も間近。

これは一見すると分からないが大変深い教えが込められている。これと同じ教えが孟子の子供のころのことを現した有名な『孟母三遷(もうぼさんせん)』の教えである。幼児の教育には環境が最も大切であるという教えだ。

━━━━━『孟母三遷』(故事成語辞典より)━━━━━━━━━━━━━

孟子が幼い頃、彼の家は墓地のすぐ近くにあった。 そのためいつも、葬式ごっこをして遊んでいた。孟子の母は、「ここはあの子が住むにはふさわしくないところだわ」 そう考えて引っ越すことにした。 移り住んだのは市場の近く。 孟子は商人のまねをして商売ごっこをして遊んだ。 孟子の母は言った。 「ここもあの子が住むにはよくないわ」 再び引っ越して、今度は学校の近くに住んだ。 孟子は、学生がやっている祭礼の儀式や、礼儀作法の真似事をして遊ぶようになった。 「ここならあの子にぴったりね」 孟子の母はここに腰を落着けることにした。  やがて孟子は成長すると、六経を学び、後に儒家を代表する人物となった。【列女伝・母儀(ぼぎ)・鄒孟軻母(すうノもうかノはは)】

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この教えのように『見ざる聞かざる言わざる』とは子供の将来を考えた母猿が最高の教育の環境を考えて、教育上ふさわしくないものは、見たり聞かせたり真似させたりしないというのが、この三猿の教えの本当の意味になるのだ。

そう思いながら、ふと気付くと再び陽明門の前にたっていた。我に帰った私は謎を追い求めやって来た日光の旅を清々しい気持ちであとにするのだった。

※写真は宇佐美泰一郎撮影(2007年10月18日)による

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2007年10月18日 (木)

【名言】『見ざる聞かざる』は本当に正しいか?

 日光東照宮といえば左甚五郎の眠り猫とともに、「見ざる聞かざる言わざる」の三猿が有名である。

2  この三猿なのだが、これは子猿の彫刻であり、子供の時分には悪いことを見ない、悪いことを聞かない、悪いことを言わないようにするものだという教訓である。

 また『見ざる(人の短所を見ない)、聞かざる(人の非を聞かない)、言わざる(人の過ちを言わない)。最も大事なのは思わざる(人はその長所をみて悪く思わない)こそ勝るなりけれ』として、人のよい所を積極的に見ましょうという意味が本来のこの言葉の意味である。

 大変残念なことに、この言葉ほど本来の趣旨を曲解されて理解されている言葉もあるまい。

 私たちはこの言葉を、「自分にとって都合の悪いことには、見ても見ないことにしよう、聞こえても聞こえなかったことにしよう、さらに人前で口にすることは止めよう。(結果として他人から攻められて被害が及ぶから)」というように一般的に使っているのではないだろうか。

三ザル

 これは日本人の精神構造を端的に表現しているようにも見える。お上には逆らわない。事なかれ主義である。自分の身を守るための保身術、長いものに巻かれろ主義。

 確かにこうした気持ちは理解できる。理不尽な権力者や妨害するイケズな人間に対して、リスクを省みずただ闇雲に立ち向かうのは個人としては得策ではないかもしれない。中途半端な勇気は昔から「匹夫の勇」であり無謀なものだとされる。

 もともと農耕民族でおとなしく従順で特に権力者に歯向かう事は良しとしない国民性だ。何事もことを穏便に済ませることが美徳の日本人であった。

 しかし、いつまでもこのままでいいのだろうか?そろそろ、それも卒業しなければならない時がきたのではないか?

 『見ざる聞かざる』も、一個人の立場では理解できても、もし社会の全員が同様の対応を取ったとしたら、どうなるだろうか?改革など行えるものではない。

 年金制度の崩壊がいい例だ。社会保険庁の役人が我々のお金を無駄使いし、まじめに仕事もせず大切な記録を宙に浮かせてしまった。挙句に真面目にせっせとお金を払った人間に、自分たちの落ち度を棚に上げて30年前の領収書を持って来い、さもないと金は払わないぞと高圧的に脅しをかける。それでも「見ざる聞かざる」。

 政治家がどんなに金に汚く不正を働き私腹を肥やしても「見ざる聞かざる」。会社の上司が如何に理不尽なことを行おうとも、後で報復が怖いから「見ざる聞かざる」。などなど。

 改革を行ううえで上で一番困るのはこの精神風土だ。かつて本当にあった話である。大変優秀で頭の切れる、また器量も大きな人物がいた。しかし、自ら先頭に立とうとしない。

 飲み屋に行くと、切々と経営課題について舌鋒鋭く分析し、今こそ立ち上がるべきだと論じていながら、最後になると自分は関係ないと逃げてしまう。

 その時彼が言った言葉が「見ざる聞かざる言わざるが一番ですよ。言えば周りから叩かれ潰されるだけですからね。私にも家庭がありますから。」の一言だった。

 本来ならば『見ざる聞かざる言わざる』ではなく、真実を「見つめ」、人々の声に広く「耳を傾け」、本質を見抜いて時を得て「発言し」、お客様や相手の立場で深く「思い」、最後にもう一つ付け加えるならば、勇気を持って断固「行う」というのが本来のあるべき姿ではないだろうか?

 今の日本にとって本当の改革は我々の精神構造の改革こそ、その根っこにあるのだ。

(※2007年6月10日本ブログの記事を転載)

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2007年10月12日 (金)

【名言】教えることの難しさ〜「卒啄同時」

 経営コンサルタントの仕事を始めてお蔭さまで満20年を迎える。

 20年もやっているとそれこそ色々なクライアント(コンサルティングのお客様のこと)に出会うものである。

その中には(口には絶対に出さないが)、当然こちらと波長の合う方もいれば、ちょっとこの人は合わないなというひともいる。

しかし、こちらも仕事である以上、極力相手の立場にたって相手のニーズや相手の気持ちに合わせるよう最善を尽くしている。


私は長年の経験からお客さんには実に様々な方がおられるので、どこに照準をしぼっていいのかわからない場合が時々ある。


例えば200人、300人以上の一般の人たちばかり集めた講演などがそうだ。若い人からお年寄り、家庭の主婦から経営者まで実に幅広い層があり、なかなか始めは焦点が絞りずらい。

こういう時は、なるべく一般の話をしながら、うけがいいテーマかどうかなど、相手の反応を見ながら修正していくしかない。

もうひとつ困るのが初対面かまたは一、二度会った程度でよく相手のことを知らないケースである。

この場合は、会社の概要や相手の役職、技術系か営業系か事務系かなどの仕事内容からある程度過去の経験に基づき想定して当たるしかない。

但しそれでも分からないので、相手のことがよく掴めるまでは、あまり策を労することなく、ただ自然体で素直にひたすら相手のためになることを思って聞いたり、話したりしている。

ところがどんなに努力をしても、こちらの期待に反した結果になることがある。

先日もこんなことがあった。一日に二件のお客さんとお話したのだが、その反応が全く正反対の結果となったのである。

こちらはいつものように素直な心で普通に接しているつもりなのだが、始めのお客さんは『短時間でこちらの悩みをよく理解してくれてズバリ指摘して頂いて本当に有り難かった』と涙を流さんばかりに感動していただいた。

しかしこの後のお客さんからは『言い方が厳しすぎる。もっとヤンワリと言ってもらわないと聞く気になれない』と反応が正反対なのである。

勿論、そこは20年もこの仕事をやっているので、厳しい指摘をするときは十分言葉を選び、慎重に、しかも悪いことばかり指摘されれば人間いい気はしないので、悪いことは1、良いこと2ぐらいの割合で必ず相手の長所を見つけて一緒に指摘するようにしている。

そうでないと自分がもし逆の立場になったら相手の言うことが素直に心に入って来ないからだ。今回特集で取り上げている『メタボ克服奮闘記』でもそうである。

過去何度も医者通いして、同じような指摘を繰り返し受けてきたが、不思議と同じことを言われても、この人のいうことは聞けるが、この人のいうことは聞けないなぁということを身を持って感じていたからである。

私の場合、素直に話が聞ける先生というのは不思議に決まって同じようなタイプの先生で、まず言葉は厳しいが相手に対し思いやりと愛情を感じること。

さらにキチンと筋道をたてて説明し相手が素人だからと馬鹿にして子供扱いしたり、見下して話さないこと。さらに嘘を言ったり誤魔化したりしないこと。

特に最後の点はこちらが真剣になればなるほど大切な点で少々厳しく言われても、そのことで少しでも体がよくなるならば、逆に厳しい指摘の方が有り難いものである。

要は指摘の仕方が厳しいか厳しくないかが問題なのではなく、話を聞くこちらがわの気持ちの問題なのだ。

確かにかつての私は『指摘されなくても俺はちゃんとやっているのだ。お前なんかに言われなくたって自分の体は自分で一番よく知っているんだ。医者はただ黙って診察し薬だけ出してりゃいいんだ。一体誰が金払っていると思ってるんだ。このやぶ医者め』と、今だから言えることだが、正直思っていた。

しかし、お恥ずかしい話、こちらがそういう心理状態の時はおそらくどんな名医でも私の治療は難しかったようにおもう。何よりも体の前に心が病んでいて一切のものを受け入れようとしないからだ。自分にとって耳障りの良いことは聞いてもそれ以外のことは拒絶する。これではどんな名医でも歯がたたない。

こうしたことをつらつら考えているとズバリこのことを現した言葉を思い出した。

それは下に詳しく説明した卒啄同時 (そったくどうじ)と言う言葉である。

もともとは曹洞宗の開祖、道元の言葉であり、親と子供、あるいは弟子と師匠、あるいは夫婦や兄弟、上司と部下、あるいは商売における売り手と買い手というように両者の気持ちと呼吸がピッタリと一致しないと、上手くことが運ばないものや関係に対する深い教えである。

私も今回改めて自省したが皆さんも一度素直に自らの棚卸しをしてみてはいかがだろうか?

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【卒啄同時 (そったくどうじ)】(故事成語辞典より)

 卵の中からヒナが殻を破って生まれ出ようとする瞬間、内側からヒナが殻をつつくのを「そつ」、外から親鳥がつつくのを「啄」という。このタイミングが合わないとヒナは死んでしまう。この自然の不思議さを表現した言葉が「卒啄同時」である。「卒啄の迅機」ともいう。禅の世界では、師匠と弟子の間で佛法を相続、伝授するときに使われる大切な言葉である。師匠から弟子へと伝えられている佛法を、コップの水に例え、「一器の水を一器のうつわに移すがごとく」と表現している。弟子の器が小さ過ぎると水(佛法)はこぼれてしまう。器が大き過ぎると物足りないものである。絶妙のタイミングが要求される。師匠の悟りの力量と弟子の悟りの力量が、同等でなければならないのである。ヒナに力がないとき、親鳥が啄(つつ)けばヒナは死んでしまうのである。反対に親鳥に啄く力がないときも、ヒナは死んでしまうのである。ここで問題となることは、タイミングを間違えるとどちらの場合も、ヒナが死んでしまうということである。弟子の立場からいえばたまったものではない
。しかし、どう理屈を並べようが、どうしようもない立場なのである。師匠は師匠であり、弟子は弟子である。この立場が混乱してしまい次のような逸話も生まれてくるのである。ある修行僧は師匠のもとへ押しかけ「悟りの機が熟しました。どうか、啄いて、殻を破ってください」と言った。師匠は「啄いても良いが、命は大丈夫か」と問うと、生意気にも「弟子の私が悟らなければ、師匠のあなたが物笑いになりましょう」と答えた。師匠は途端に「未熟もの」と一喝した。この一喝が師匠の「啄」であったのである。師匠の一喝は、慈悲心の表れである。


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