世界・国際

2007年10月 4日 (木)

【世界】日本っていい国じゃないか!!

  ついに世界一の長寿が日本人の男女になった。男性は宮崎県に住む111歳の田鍋友時さん、女性は福岡県福智町に住む114歳の皆川ヨ子さん。ともに九州の人である。

【時事】日本はいい国じゃないか

 田鍋さんは1985(明治28)年9月18日生まれ。さる6月16日、男性の世界一の長寿としてギネスブックに認定された。テレビで見たが、まあ元気元気。スーツを着てシャキッとして年には見えない。長寿の秘けつは「お酒を飲まないこと」という。なるほど!なるほと。(写真:宮崎新聞より)

 日本人の平均寿命は男性78.53歳、女性85.49歳だ。(平成18年7月厚生労働省発表)。女性は21年連続世界一。男性は世界第4位という文句なしの長寿大国だ。

 これにはいくつもの理由が考えられる。医療技術の進歩やガンなど予防医学の普及。栄養状態の改善、冷暖房など住環境の改善、週休二日の普及。

 オートメーションや家電製品のなどの発達による過酷な肉体労働からの解放など労働環境の改善などなど。

 世界一の男女の二人がともに九州の人なので、豊かな自然や温暖な気候、のんびりした生活リズムなど地域性も影響しているかも知れない。

 またヘルシーな日本食。単一民族・単一国家の島国で、過度の競争も少なく、秩序と安定が保たれた社会の風土や国民性。

 さらに戦争や飢えもない平和で豊かな国だという点も忘れてなるまい。

 昭和30年には男性63.6歳、女性67.8歳だったわけだから、この50年くらいの間で、驚くほどの大変な進化だ。

 いずれにせよ、人類が地球上に生まれてから、『元気で長生きする』のは、人間なら誰もが望むことである。その意味では日本は世界に誇るべき国であり、胸をはっていいだろう。

 確かに今の日本の問題をあげれば切りがない。毎日毎日マスコミで騒がれるニュースを見ていればそういう気持ちになってくる。

 しかしあまりに細かいことに気を取られ、重箱の隅をつついてばかりいて、客観的で冷静な見方を忘れてはいないか?

 世界にはテレビでニュースを見たくても電気すらこない国がある。テレビなど見たことない人たちも無数にいる。

 今の日本人を例えるならば、毎日ステーキを食べているお金持ちが、『今日のソースの味は気に入らないわ』といったり、皿のデザインにケチをつけているようにすら思える。

 世界の現実から客観的に今の日本を見たら、間違いなく素晴らしい幸せな国なのだ。

 だからこそ改めて深く感謝をすべきだろう。こうした国を築いてきた、日本と日本人に誇りを持つべきだろう。

 その上で慢る事無く、謙虚にさらなる進歩を目指すのが大切なことだ。

 世界一の長寿国とは、『日本っていい国じゃないか!』ということを、改めて定量的に数字で明らかにしたものだと強く思う。

(この記事はさる2007年6月19日に本ブログに掛かれたものです)

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2007年10月 3日 (水)

【世界】堀本崇君の『最後の言葉

 皆さん〜ある青年へのメール〜」『日本刀の鍛練』の中の堀本崇君の記事読んでいただけましたか?

さて今日は実は堀本君の生前の最後の言葉をご紹介したいと思います。

ご紹介したように彼は国際貢献活動に文字通り体当たりで活動してきました。

おそらくそこには誰にも言えない苦労がたくさんあったろうと思います。

本日ご紹介するのは堀本崇君の『最後の言葉』です。ここには日本人として体当たりで国際貢献に取り組んできた彼にしか見えなかった奥底があります。

それから私たち日本人のこれからの国際貢献のあり方を考える大きなヒントが隠されていると思います。

文章は仕事柄経営相談を受けたときの記録を見ながら忠実に再現しました。

本来、私どもの仕事は守秘義務がありますのでお客様の相談内容を公開することは一切いたしませんが、今回は特別に相手がすでにお亡くなりになった方ということでお許しいただきたいと思います。

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堀本崇君の『最後の言葉』

『先輩この仕事、蟻地獄と同じですよ。色々と事業しますよね。それでうまくいったとします。それでもっとやって上げたいとまた事業を大きくします。また喜んでもらえる。これだけなら、本当にいいことづくめですが、資金をみたら、どんどんと苦しくなってくる。

これでも必死になって支援者を集めたつもりです。多分僕が集められる限界まできています。それに今の支援者の人も感謝で頭が下がるくらいにすでに出してもらっていて、もうこれ以上頼めない。

しかし事業は止めるにやめられない。だから先輩、職業訓練の学校を始めたのです。ただこれが時間がかかる。彼らが自活出来るところまでと考えると正直頭が痛い。

例えばねパソコン教室あるでしょ。あれってね。端末などは割に集められるんですよ。でも先生がいない。しかたないから彼らの中で教えられる人を一人作ったとしますね。しかし、そこで終わってしまう。

なぜかわかります?ねぇ先輩?今度はテキストがないんです。英語のテキストならいくらでもある。でも彼らに分かりやすくとなると、翻訳しなくちゃならな
い。でも辞書すらまともにない。

それに僕らの力ではまともに教科書なんか出来ない。専門家じゃないから。

だから日本政府もお金だけ出すんじゃなく、そういうところで手助けしてほしい。心の底からそう思いますよね。

ですからね、今の状態がある意味限界なんですよね。寄付だけに頼ったやり方では。

もうなんらかのお金もうけを考えないと。ツアーガイドでも何でもすぐに儲かるいい仕事ないですかね?今すぐやりますよ。あれば。そこまで大変なんです。

勲章なんてどうでもいいですよ。そんなためにやっているんじゃないから。勲章が売れるなら売りたいですよ。

今思うと最初の寄付集めは大変でした。実績も何もない。ゼロからでしたから。
でも今この苦労に比べたらなんのことはない。そんなの所詮一回こっきりの話でしょ。

問題は事業をどう継続するか?これにつきるんです。
何かいい仕事ないですか?先輩!』

(大阪の私の事務所にて)

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これが彼の最後の相談内容でした。これをカッコヨク書くと前回のブログのようになります。僕もそう思いますね。堀本君のようにとことん根っこまで掘っていくとここらが核心だと思う。

そのために何が出来るのかこれが本当の宿題であり、彼の志を真に受け継ぐことになる。
単に一団体や組織・個人がどうのというよりも、日本政府も含めて、国際貢献と本当に言うなら、日本人みんなで考えるべき宿題でしょう。

 例えば、あちらで使うテキストなど古着を送るより数千倍役に立つって堀本君は語っていました。!

何か私たちの身近でできそうなことがイメージできないでしょうか?皆さん。

 彼の後を継ぐという本当の厳しさと意味を知ること。そしてそれは私たちのみんなの役割なのだということ。最後にそれは私たちでも出来そうなことだということ。

そのことを堀本崇君は私たちにその遺志として残したかったのだと思います。

秋の夜長いつもの日常から離れ、何かできそうなことを考えてみるのもいいのじゃないでしょうか?肩の力を抜いて自然体にね。


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2007年10月 1日 (月)

【世界】〜ある青年へのメール〜『日本刀の鍛練』

 すこしづつ秋めいてまいりました。皆さんいかがお過ごしですか?さて『メタボ克服奮闘記』の合間にショートブレイクということで、少し違ったお話をしましょう。

先日知り合いのある方からの紹介でカンボジアへの国際協力の団体の活動をやっているという青年から突然一通のEメールをもらいました。

聞けば彼は私と同じ早稲田大学の後輩であり、また昨年若くして亡くなった松下政経塾の後輩の堀本崇君の活動を見て感激し、その遺志を受け継きたいとの思いから活動をはじめたそうです。 

この青年からの文面はその堀本君の遺志を受け継ぎ活動を始めたがどうにも活動が厳しく資金を含め協力して欲しいとのことでした。

話は相前後しますが、想えばこの堀本崇君という男がすごい人物でした。まさに心の底から尊敬できる人物です。

少し長くなりますが堀本君の思出話を最初にご紹介することにしましょう。

彼は政経塾の13期生でわたしより8年後輩です。上級生が塾の外で活動することが多い中で、彼は長い間塾に寝泊まりし活動していましたので、後輩から慕われちょっとうるさがられる『鬼軍曹』(笑)のような存在でした。

その後彼はカンボジアへの支援活動に若き情熱を一心に注ぎ込み、目の前の苦しんでいるカンボジアの人たち一人一人を救うため地道なことを一つ一つ積み重ねていく活動を続けました。

彼はその功績を認められカンボジア政府から直接二度も立派な勲章をうけていました。(その後彼の生前の業績を称える意味で、死後三度目の勲章をもらっています。)

しかし彼はそんなことはお首にも出さずただ黙って黙々と目の前のことを実行していくだけです。

偉ぶるでもなく他人に誇らしげに自慢するでもなく、一心不乱に突き進んでいった男でした。

こうした彼の人柄のせいか地元の人からも大変愛され親しまれていました。

彼がまだ本格的な活動を始める前、こんなことがありました。かつてカンボジアでPKOが行われるときだったと思います。彼は国連の監視団にボランティアでカンボジアに行きたいと言い出しました。

当時の塾の責任者を始め親しい友人の皆がその危険を案じて止めました。それほど当時のカンボジアは危険だったのです。

しかし彼は頑として周囲の説得に応じませんでした。『そこに私の為すべきことがあるのだ』と結局まわりの反対を押しきって命がけでカンボジアに行きました。

そんな強気な彼も本当は弱い人間なんだと感じさせることがありました。

一度大阪の私の事務所に遊びに来てくれた時のことです。

このころになると最初の勲章ももらい活動も軌道にのり毎月立派な報告書を多くの支援者に送るまでになり誰の目にも成功と思われたときでした。

ところがその彼が親しい先輩の前で気の緩みからか今までに見せたことのない弱気な一面をみせました。

「先輩実は悩みがあるんです。」とこう切り出しました。

聞けば順調に資金も集まりだし、色々な事業も軌道にのり、傍目にはうまくいっているが、それが長続きしない。つまり地元の人が真に力をつけ自立しないと次から次へとお金がいる。

つまり継続するための資金が決定的に不足するとのことでした。

私は仕事柄すぐに決算書を見せてもらいました。すぐにそれが綱渡りの自転車操業だと分かりました。

さらに驚いたことに彼個人のお金は全部注ぎ込み、一切なにもない裸の状態です。

生活費もギリギリまで詰めて余裕すらないのです。

「堀本君、これじゃ生活もできないだろう?」と私がたずねると彼は笑って言います。

「宇佐美先輩、そんなの大丈夫ですよ。むこうはTシャツ一枚でいいですしお腹がすけばその辺で木の実を食べていれば生きていけますよ。」とニコニコ笑いながらいうのです。

「そんなことより大事なことはね先輩、彼らカンボジアの人たちの未来なんです。今はいいかもしれませんが、もし私がいなくなったら、途端に立ち行かなくなってしまう。だから、どうしても真の自立がいるのです。」

彼の熱っぽく語る顔を見てつくづく感じました。

「この仕事は本当に厳しいのだ」ということと「自らの生活を犠牲にしてまでこの仕事に打ち込むこの男はほんものだ。」と。

世間では口先だけでお客様第一とかやれ世のため人のためという人はいくらでもいます。しかし果たしてそうした人が自分の生活や自分の命まで本当にかけているでしょうか?大抵うわべだけの場合がほとんどでしょう。

しかし今私の目の前にいる堀本君は違いました。

彼がこれで帰りますと席を立ちかけたとき私はふと何気に質問しました。

「堀本君、君結婚はどうするんだい?」

彼は一瞬悲しそうな表情を私に見せて「先輩、それが最大の問題ですよ。だれかいい人いませんかね。わたしのようなバカな貧乏人について来てくれる女性が!?」そういって二人で大笑いして別れました。

それが彼と会った最後になりました。

彼には色々なおもいでがありますが、一言でいえは、誠心誠意で体当たりという感じといえるでしょう。いつも半袖姿でエネルギッシュに突っ走り、自分の利益よりも他人の幸せの実現を強く願う。さらに理屈よりも行動を重んじ、目の前の一つ一つを積み重ねる実直そのものの男でした。

《堀本崇君プロフィール》

ところが運命とは皮肉なものです。昨年の晩秋のことでした。突然の訃報が入りました。「堀本崇君、カンボジアで事故のため死亡。」

一瞬私は我を失いましたが、その後聞くと交差点で二人のりのバイクと正面衝突し即死。一方的に相手が悪く、彼としては避けようのない事故だったそうです。

それからちょうど一年。来月、2007年11月上旬には彼の一周忌がやってきます。

すでにこのブログでご紹介しているように、すっかり痩せた私は昔の衣類を整理し古着を始末しようとしてきたとき、これはカンボジアの人たちに寄付したらきっと喜んでもらえるだろうと、ふと堀本くんのご家族に連絡をとりました。

その結果縁があって届いたのが冒頭お話しした青年からの突然のメールでした。

私はこの青年からのメールに対して、孟子の中の言葉を引用し以下のように激励のメールを送りました。

<彼への最初のメール>

カンボジアで活動を行うあなたへ

『自らを反(かえり)みて縮(なお)くんば千万人といえども我行かん』(孟子)。真に自らの良心と対話し正しいと思えばただただ突き進むのみ。貴君の健闘を祈ります。

すると彼からの返信には「はい、覚悟して頑張ります。激励有り難うございました。」とありました。

普通にメールのやり取りをするだけならそれですんだでしょう。

しかしその日の私は少し違っていました。

おそらくお盆で堀本君の霊が地上に里帰りしていたのかもしれません。

私は何かにとり憑かれたように、昔聞いた刀鍛冶の名人の話を思いだしながら、以下のメールを一気に書いていたのでした。

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<青年への二度めのメール>

カンボジアでの活動を行うあなたへ


 覚悟はするものではありません。試練を乗り越えながら順番に腹が固まっていくものです。

日本刀はもとは大変脆い金属の固まりにすぎませんでした。それが灼熱の火の中で溶かされ、出てきたと思えば今度は冷たい水の中で、キィャと絞められ身が引き締まり、さらに何度も何度も強く強く鍛冶によって、あの方向この方向からと何度も何度も叩かれる。

もういいだろうとおもったら、またもう一度。もうだめだとおもったら、またもう一度。これでうまくいったと思ったら、心におごりがあるというので、今度は最初から。

これを何度も何度もくりかえすのです。

そしてある瞬間天から沸き起こる声がふっと自然に聞こえるときが来ます。

それが天下の名刀が生まれる瞬間。そう刀鍛冶の名人は語ったそうです。

鍛練という言葉を辞書で引いてごらんなさい。その事が書かれてある。

だから発想を変えるのです。これから出会うあらゆる試練は神が自分に与えた財産なのだと。自らを鍛えるためプレゼントなのだと。そう考えれば、怒りも焦りも不安もなく難敵に立ち向かえるはずです。

だからこそピンチはチャンス。もっとも追い込まれたときこそ、自分を変え、天下の名刀を創るチャンスなのだと。

それともうひとつ。完成したという見極めは自分で判断してはいけません。また他人の判断もいけません。必ず天の神があなたを呼びに来ますから。こちらから出向かなくても、むこうから必ずやってきます。

『君はもうすでに立派な名刀ですよ。だから、いよいよ敵に向かってきりつけていいですよ。もはや切れないものはありません』と自然と聞こえてくる。

それまでは、あなたはただ黙ってもくもくと他のことは考えず、目の前のなすべきことをただ為すだけです。他ごとは一切考える必要はなし。

だからどんな人間だって本来名刀になれるのです。ところが自分の心に油断と甘えが生じると、まぁいいやと途中でやめてしまう。

また、他人から少しちやほやされると舞い上がってしまい、俺はすごいのだと錯覚し鍛練をあっさりやめてしまう。

だから大事なのはその天の声があなたにそっと自然に聞こえるようになるまで、鍛練の手を止めず、続けられるかということ。

このことを肝に銘じ、心をして歩めばもはや怖いものはありません。

孟子のこの言葉はこのことをあなたに伝えているのです。言葉は理屈で考えるのなく苦労を重ねて体でりかいするもの。

分かったら、頑張って下さい。期待しています。

では

ダイブツ 拝

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この青年がこの後どのように活動しどのように成長していくのでしょうか?おそらくそれは神様しかわからないことでしょう。

しかしこのことだけははっきりしていると思います。志半ばで若い命で死んでいった堀本君。彼のその志と情熱は間違いなく、新たな人たちに引き継がれるであろうことを。

この若き理想に燃えた青年に心からのエールを送りたいと思います。

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2007年5月25日 (金)

【国際】中国の不思議な安全管理

先日長年、中国に赴任していた学校の後輩とゆっくり話し込んだ。最近なにかと話題の中国だが、そのイメージと実態は恐ろしいほど乖離しているらしい。

近代的なビルの建設ラッシュ。女性のファッションも華やかになり、見た目は渋谷か六本木と変わらなくなってきたとの報道はウソではない。

ただしこれは一部、上海や北京など大都会の表面のはなし。一歩裏に入ると、影の部分はこれとは全くの正反対。

町は汚く不衛生で、スモッグや大気汚染で、アトピー・アレルギーにかかる人があとを絶たない。今中国が日本から奪いたい技術が、環境技術というから、それもうなずける。

町には不法コピーがあふれ、先日などは、ついに生卵の偽物まで登場したそうだ。ディズニーランドをぱくった国営の遊園地などまだ可愛いほうだとのこと。第一、現地の人間こそ何が本物かわからず大弱りなのだそうだ。

当然、貧富の差も激しく、山間部には今も飢えに悩みその日暮らすのもままならぬ人たちが驚くほどの数にのぼる。

夜もふけ、中国裏事情に耳を傾けて数時間たった。
ちょうどその時、自分の耳を疑うような面白い話が聞けた。ちょっと不思議な中国の航空事情であった。

折角中国に行っているのだから、観光で色々回ったのか?という私の質問から、どんな交通機関で回ったか?という話題に話は展開。

後輩いわく、あの広い国では鉄道や自動車では無理だとのこと。十分なインフラがないことも影響している。そこで都市と都市の移動はもっぱら飛行機を使うそうだ。

私は怪訝そうに「本当に大丈夫か?落ちないの?事故とか起きてないの?」と聞いた。

彼は答える。「そうですね。表向きは大丈夫そうですよ。」と。そしてこう続ける。「しかし仮に事故が起こったてしてもほとんど報道されることはありませんよ。何しろ、今だに一党独裁の中国共産党がぎゅーじっているんですから。」

なるほどそれもそうだと妙に納得して聞いていた私だった。そして次の瞬間何かを思い出したように、興奮して彼が話をつないだ。

「そういえば宇佐美さん、一つすごく面白い話があるんですよ。」

そういわれて私も身を乗り出して彼の話にすいこまれた。

「中国でもインターネットは大流行です。一部に規制が厳しいなんて報道がありますがそれはウソですよ。抜け道なんていくらでもありますから。」なんでもアリアリの国なのだ。

「今宇佐美さんが言われたみたいに一般の人もやっぱり飛行機が落ちないか不安みたいでね。それで面白いサイトがあるんです。」どんなサイトかみるみる引き込まれる。

「それは一言で言うと、飛行機の裏安全情報みたいなものです。そこには全ての航空便の使っている飛行機の機体の情報が書き込まれているんですよ。例えばA社の午前10時ちょうど発 上海→北京行きの便であれば、その機体がいつリリースされて、今までどれだけ飛んだかというフライトの履歴、過去の故障状況や調整の具合まで、こと細かく詳細に渡って書かれてあり、飛行機にのる人たちは大体これをチェックして、どの便に乗るか決めるそうです。」と。

私は大いに興味深く聞いて質問した。「そんな情報、航空会社の中でも一部の人間しか知らない機密情報だろ!?一体誰がそんな情報流しているんだ?」

彼いわく「誰なんでしょうね?よくわかりません。しかしあれだけの人口がありますから、どこらここらから情報がわいてくるのでしょう。本当何年いても我々には想像もつかない得体の知れない国ですよ。」と。
日本ではジェットコースターが事故を起こせば、まず政府が悪い、県や自治体が悪い、規制を強化しろ、罰則を作れ、管理体制を作れ、資格を厳しくしろという声の大合唱だ。確かにそれが普通の日本人の考えることだ。

しかし、夕張市など自治体も破産する時代。何事もコストとの兼ね合いで決まる。なんでもかんでも人を増やし、政府や自治体に管理させるのは時流にあわないだろう。

中国の例に習い、「全国ジェットコースター危険度リスト」のサイトを作り公開する。お客はその情報を見て、どこの遊園地が安全で、どの乗り物が安全か事前に調べてからのる。

また遊園地側も安全にお金を使っても、正当に評価され信用に繋がりお客も増える。

さらに行政も少ない人ですむから税金の無駄遣いはなくなる!

いいことづくめである。
たまには日本人の常識を捨ててみるのも発想が豊かになっていい。


最後にブラックジョークをひとつ。危険度ランク最下位の遊園地が広告をうちました。

『この度、私どもが全国で最も恐い恐怖のジェットコースターとの評価を頂きました。命知らずの勇気あるあなた。是非とも日本一の恐怖とスリルをお試しください。』

さて何人が遊びにいくかな?

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